第二十三話 魔剣マグダーラ

声を張り上げたリーガンは、まず孤児院の目の前にある牧場の隅にあった二つの小屋の一つ――そちらのほうへと向かっていく。


彼女が向かった小屋はヒツジたちが眠っていないほうであり、ここは主に物置や牧草の束を保管している納屋だ。


ドアを開けて中に入ったリーガンは、ほぼ何もない屋内を見て早速、行動を始めた。


「くッ!? 思っていたよりもずっと重い……」


リーガンは牧場の外にあった牧草の塊を背負って、小屋へと運び入れる。


この牧草の塊は、牧草がない冬場のヒツジの餌として使うものだ。


リーガンが来たパルマコ高原は、パストラたちがいた平原地帯のように自然豊かなところではあったが。


孤児院に住むシュアや子どもたちは遊牧生活のような放牧をしていないので、ヒツジたちの餌は自分たちで集めなければいけない。


今は夏でまだ冬には遠いが、今のうちからでも牧草をため込み、発酵させてより栄養価の高い餌を作るのも飼い主の仕事である。


この牧草の塊がまたかなり重く、成人男性の体重を軽く超える重さなのだが、リーガンは苦しそうにしながらもそれらを一人で納屋へと運んでいた。


別にシュアに頼まれたわけでなく、彼女は自主的にこの仕事をやっている。


それは師であるユダに、鍛錬の一環としてすすめられたからだった。


ゴルゴダ大陸ではあまり見られないが、他の大陸の騎士たちは重い甲冑を身に付けて基礎トレーニングをした後に、牧草の塊を運んだり梯子の上り下りなどをして体を鍛えたという記述が古い本には書かれていた。


その話を聞いたリーガンは、これこそ自分に必要な鍛錬だと、師に言われた通りにこうして実践しているというわけなのだが。


肝心のユダは、生まれてこのかた鍛錬などしたことがない。


本当に効果があるのかは未知数だ。


「よ、よし、全部運んだ。次はこっちね」


牧草の塊を運び終えたリーガンは、もう一つの小屋を開けてヒツジたちを牧場へと入るように促した。


出てきたヒツジたちは「おはよう」とでもいうようにメェーメェー鳴くと、彼女が用意していた牧草を食べ始めていた。


そんなヒツジの群れを眺めたリーガンは、突然、手のひらから魔法陣を出し、そこから何かを取り出す。


「一応、前にユダ先生から剣の基礎は習ったし、これさえ使いこなせば私だって……。それにしてもおっきいなぁ、これ……」


彼女が魔法陣から取り出したのは、大人の背丈をも超える大剣だった。


漆黒の刃に柄まで黒く、ところどころに赤い装飾が施され、その様はどこかおどろおどろしい。


この大剣の名は魔剣マグダーラ。


魔剣マグダーラには魔術を打ち消す効果があり、聖グレイル教会でも数えるほどしかない希少な魔力を持つ刀剣だ。


元々は三聖人の一人マリアの所有物だが、同じく三聖人であるユダが彼女に何年も借りたままになっているものをリーガンに与えている。


あと余談だがリーガンは召喚術の応用で、魔力を持つ生物や道具ならば召喚術用の魔法陣の中にしまっておける能力を持つため、好きなときに出し入れが可能である。


「ハァァァッ……ハァッ!」


自分の体よりも大きな魔剣を何度も振り、稽古に励むリーガン。


それから陽が上がってきた頃、彼女の頭上に人影が見えた。


「感心感心。精が出るな、小娘」


「あんたは――ッ!?」


声がした頭上を見たリーガンの目には、黒髪が真っ白になっていて碧眼が赤い瞳に変わり、全身に黒い模様が浮かび上がっているパストラ――ダンテがいた。


リーガンはすぐに魔剣マグダーラを構え、宙に浮いているダンテから距離を取る。


そんな赤毛の女を見たダンテは、ニヒッとパストラがまずしないような下卑た笑みを見せていた。


リーガンはパストラの顔でそんな下品な顔をしたダンテが許せず、思わず声を荒げる。


「まさか私を殺そうっての! そんな真似はできないでしょ!? 契約のことはもうみんな知っているんだからね!」


「嫌われたものだな。オレはちょっと小僧が気を抜いたから、少しばかり散歩させてもらっているだけだ」


ダンテは「はぁ」と大きくため息をつくと、宙で寝っ転がるような姿勢を取った。


そして寝そべりながらリーガンを見下ろし、自分のことは気にせずに鍛錬を続けるように言う。


「手が出せんとわかっているなら、オレのことなど気にせず続けろ。しかし、魔剣など数十年ぶりに見たな。どうしてあのときは使わなかったんだ?」


「これはその後に手に入れたからだよ。いいから、あんたはさっさとパストラと代わりなさい。あの子の顔で下品な口調で話されると、なんかイライラする」


「言われんでもオレはもう眠る。その前に、お前に言っておきたいがあってな」


「なに? アドバイスでもしてくれるの?」


魔剣を振りながら訊き返してきたリーガンに、ダンテは実に嬉しそうな顔になっていた。


もしこのときの顔を彼女が見ていたら、一発ぶん殴っていたかもしれない。


それだけ普段のパストラの顔からは想像ができないほどの、酷い俗物的な表情だった。


「お前の実力では小僧は守れん。戦いになっても死ぬだけだ」

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