第二十二話 孤児院
孤児院の周辺には柵があり、その中ではヒツジたちと多くの子どもらが戯れていた。
しばらくして駆け寄ってきたパストラとリーガンに気づき、ヒツジたちはいきなり鳴き出して、柵の外にいる二人に群がるように移動し始める。
一体何事だと子どもたちが驚いていると、彼ら彼女らも誰が来たのかに気が付いた。
「リーガン姉ちゃん!」
「ホントだ! 久しぶりだね、姉ちゃんッ!」
すると、子どもたちもヒツジたちに負けじと駆け寄ってきた。
リーガンはパルマコ高原に何度か来たことがあるとは言っていたが、それにしてはずいぶんな好かれようだった。
寄ってきたヒツジたちと子どもらを見たパストラとリーガンは、少々荒っぽいながらも柵を飛び越えて皆のほうへと歩を進める。
「みんな久しぶり! 元気してたッ!?」
リーガンは腰を落とし、子どもたちの目線で一人ひとりに声をかけていた。
一方でパストラのほうはというと、ヒツジたちに囲まれ、彼の小さな体が飲み込まれている状態になっていた。
子どもたちがそんなパストラを見て「あの子は誰?」と当然の質問をし、リーガンはすぐに教えてあげた。
「ヒツジたちの飼い主だよ。あれ? シュアさんから聞いてないの? まさかあの酔っ払いシスター、みんなに教えてないわけじゃないよなぁ……」
「誰が酔っ払いだって、リーガン」
「ゲッ!? シュアさんいたんですか!?」
リーガンが振り返ると、そこには修道服を着た金髪碧眼への女性がいた。
彼女の名はシュア。
この孤児院を一人で切り盛りしているシスターだ。
シュアはユダと幼なじみであり、二人ともこの孤児院の出身というのもあって今でも交友がある影響で、リーガンも小さい頃からよく知っている人物だ。
「久しぶりに声を聞いたと思えば、ずいぶんな言い草じゃないか、えッ?」
「イタッ!? 中身が入ったワインの瓶で突かないでください!」
シュアは持っていたワイン瓶でリーガンの脇腹を突くと、フラフラとワインを口元にやってグイッと飲み干す。
顔も赤く、すでにかなり酒が入っていることがわかる様子だった。
こう見えても彼女は聖グレイル教会の修道女であるのだが、素行の悪さから一部の教会の人間たちから疎まれているのもあって組織とはほぼ疎遠になっている。
「そっちのが羊飼いの子だね。あたしはシュア。まあ一応、ここでシスターをやってるもんだよ」
「初めましてシュアさん。僕はパストラって言います。シュアさんのことはリーガンさんとユダ先生から聞いていました。この子たちのことを預かってくれて感謝してます」
「いやいや、ヒツジたちにはあたしらも助けられてるし、まあ、持ちつ持たれつだよ。あんたら移動で疲れてるだろう? 中に入ろうか。お茶でも出すよ」
「その前にもうちょっとこの子たちと遊んでもいいですか? 久しぶりなので」
「ああ、構わないよ。それにしても元気だね、あんたは。でも、うちの子たちもまぜてあげてね」
シュアの許可を得たパストラは、再びヒツジたちと戯れ始めた。
孤児院の子どもたちも負けじと彼に続き、皆、自己紹介しながら楽しそうにじゃれ合っている。
それでもパストラは、少し戸惑っているように見えた。
これまで同世代の子どもと関わったことが少なかったのだろう。
だがすぐに打ち解けたようで、牧場の中で子どもたちと一緒に走り回り始めていた。
「馴染めてるみたいでよかったぁ……」
リーガンはパストラならばすぐに打ち解けるとは思っていたようだが、やはり少し不安もあったようで、ホッと胸を撫で下ろしていた。
そんな彼女を見たシュアは、彼女の肩に手を回して耳元で低い声を出す。
「じゃあ、あたしらはあたしらで積もる話でもしようか、リーガン。あの
「そうだったんですか!? いやぁ、あの……お手柔らかにお願いしますぅ……」
「今は昼だからね。朝まではまだたっぷり時間がある。今日は飲むぞ。もちろん神の血をね」
「さっきお茶って言ってなかったですか……?」
これからのことを考えたリーガンは不安が止まらなかったが、シュアと会えたこと自体には喜んでいた。
この人は変わらないなぁと内心で安堵しては、一緒に孤児院へと入っていく。
かなり年季の入った外観に負けないくらい中の壁や家具などは古びているが、大事に使っているのだろう。
どれも使い込まれているわりに、まだまだ問題はなく使用できそうだった。
出入り口の側にある大広間へと入ったシュアとリーガンは、それぞれ椅子に座ると早速、二人だけの酒盛りが始まった。
シュアは赤ワインの入った樽を三つほど出し、それにコップをそのまま突っ込んでリーガンに差し出す。
「ツマミは預かったヒツジらの乳から作ったチーズだよ」
「わぁ、久しぶりです! 美味しいですよね、あの子たちから取れるチーズとかミルクとか」
「ああ、おかげでうちの子たちも喜んでいるよ。将来はこのまま牧場をやろうって話までみんなから出てるくらいさ。そしたらあたしは修道女じゃなくて牧場主になっちゃうけど、それもいい」
ちなみに孤児院の牧場施設の工事費や餌代やらはすべてユダが個人的に支払ったようで、普段は彼からの援助を断っているシュアでもこれは受け入れていた。
受け入れた理由に関しては、大量のヒツジたちを預かるという理由からだと思われる。
それにしても聖グレイル教会で高位の立場とはいえ、ユダの経済力は大したものだ。
話を聞いていたリーガンからすれば、さすが金に興味のない富豪はスケールが違うと苦笑いするしかなかった。
それから話は昔話や孤児院の子どもたちのことになり、その後はついに本題というべきパストラの話題になった。
リーガンはシュアに隠すことなどないだろうと、パストラが異端審問官になったこと――。
彼の中にいる大悪魔――戦魔王ダンテのことやファノをよみがえらせるためにパストラが悪魔契約をしていること、さらにファノが聖グレイル教会を去った理由などすべてを伝えた。
「そういうことか……。あの人らしいよ、本当に……」
笑みを浮かべてそう感想を漏らしたシュアだったが、その目には涙が滲んていた。
リーガンはよくは知らないが、シュアもまたユダと同じで、異端審問官だったファノのことを、現役時代から知っているのだろうと思った。
「話は大体わかったよ。まあ、いい子みたいだし、あたしもパストラのことは気に入ったよ。こっちには長くいれるんだろう? だったら好きなだけうちにいてちょうだい。部屋だけはいっぱいあるから」
「ありがとうございます。というか、最初からそのつもりでしたよ」
こうしてリーガンは、次の朝までシュアと飲み明かした。
シュアがパストラのことを気に入り、そのことで彼女の肩の荷も下りたのもあって、久しぶりに羽目を外したのだ。
だが彼女は二日酔いながらも目を覚ましてから、ベットでだらしなく眠っているということはなかった。
朝から外にある井戸で水を浴びて頭を覚醒させ、まだ皆が眠っている中、一人稽古に励む。
「くぅぅぅッ! 昨日は飲んだ飲んだ! さてこっから切り替えてくよ!」
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