第二十一話 パルマコ高原
――宗教都市アンシャジームから馬車を使い、パルマコ高原へと入ったパストラとリーガン。
ここはアンシャジームからそう遠くない北方地域の一つで、大きな都市がないのもあって名前がある町や村はなく、転々と小さなコミュニティが繋がってる場所だ。
ゴルゴダ大陸の中心にあるアンシャジームから一日でたどり着けるところでもあるが、高原というだけあって人の手があまり加えられてはいない。
その標高が高く自然豊かな、連続した広い平坦面を持つパルマコ高原には、爽やかな風が吹き抜ける天然の遊び場でもある。
標高が高いため夏でも気温が低く避暑地としても人気で、町や村には動物と触れ合える牧場があり、住む人間たちの生活を支えていた。
「うわぁッ! すっごく良いところですね!」
馬車を降り、ゆるい勾配を進んでいると、パストラが声を張り上げた。
それは彼の生まれ故郷ともいえる辺境の平原地帯を思い出したからだろう。
遠くに見える牧場の柵の中に牛や豚、ニワトリなどの動物が見えるのも、パストラにとってはポイントが高い。
そんなはしゃぐ黒髪碧眼の少年の後を、リーガンは息を切らしながら追いかけていた。
彼女は普段から体を鍛え、それなりに体力に自信があったものの、慣れない道で足が棒になっているようだ。
いくら起伏が少ない高地とはいえ、十時間以上馬車で揺られて急に歩き出せば、誰でも息が上がってしまうだろう。
荷物だって彼女が保護者的な立場というのもあって、パストラよりも背負っている荷が重いのだ。
大自然の光景に故郷を思い出して喜ぶ子どもに、置いていかれても仕方ない。
「ちょっとパストラ、そんな慌てなくても大丈夫だよ。あの子たちは逃げないって」
「えッ? でも早く会いたいですよ。みんな元気してるかな」
「だから急ぐなっての……」
やれやれと息を切らしながらも、リーガンは先を行くパストラの後についていく。
ヒツジたちに会えると聞き、パストラは平原地帯にいた頃の元気を取り戻していた。
アンシャジームへ来たばかりの数日間、パッと見た様子では平原にいたときとの違いはない。
だがファノを失い、失意のどん底にいたパストラが落ち込んでいないはずはなかったのだが、それでも彼は気丈に振舞っているように見えた。
おそらくリーガンやユダに心配をかけまいとしていたのだろう。
死に際に、普段はけしてパストラを褒めることのないファノが、彼を“手のかからない子”だと言っていた。
しかし、逆にそれが心配になるとも。
「あんたなら信用できる。勝手ばかり言って悪いが、息子のことを頼む」
リーガンは、ファノから直接パストラのことを頼まれた。
いきなり子持ちになった気分だが、そう悪いものではない。
それは平原地帯でのパストラとファノとの暮らしが、リーガンにとってもまた幸福を感じられるものだったからだ。
たしかに都市に比べれば不便なことも多いし、夜は冷えてヒツジたちのために朝から晩まで働かないといけない。
だがその便利さと引き換えにしても、家族を知らないリーガンにとって、二人との生活は温かかった。
まるで急に父と弟ができたような――そんな暮らしだったのだ。
「……大丈夫です、ファノさん。あの子は私が絶対に守りますから……」
晴天を見上げ、改めて誓うリーガンだが、彼女には大きな悩みがある。
それはリーガンが、これからパストラを守っていくだけの力を持っているかというものだ。
実際にはないと、本人も自覚している。
あの平原地帯でのジュデッカ襲撃のときも、リーガンは何もできずに倒されてしまった。
目の前でパストラが黒焦げにされてもだ。
さらに燕尾服を着た悪魔からは、“異端審問官を辞めたほうがいい” “ずっと教会の連中と戦ってきた自分が言うのだから間違いない”と、一番言われたくないことを言われた。
事実、現在のリーガンではパストラを守ることは不可能。
彼女は召喚術というかなり希少な固有魔術を持っているが、ただそれだけではこれからも異端審問官としてやっていくのは厳しいだろう。
それはリーガンがパストラたちと出会う前から悩んでいた――彼女の課題だった。
「だけど、今はあのときとは違う……。すぐにでも強くならないとッ!」
小声を張ると全身が強張った。
リーガンはダンテの契約など当てにしていないが、もし彼が復活するならば、せめてそれまでの間は自分がパストラの面倒を見るのだ。
そう――
今のリーガンには時間がない。
現状では、魔力を体に纏えるパストラよりもはるかに非力だ。
だからそのために、彼女は生まれて初めてユダに頼み込み、少しでも強くなる方法を師に訊ねた。
その方法とは――。
「リーガンさん! 話していた孤児院が見えてきました! あの子たちの姿も見えてます! 急ぎましょう!」
「だからヒツジたちは逃げないっての……。しょうがないなぁ……」
目的地である孤児院が見え、リーガンに向かって両手を振り始めたパストラ。
そんな自分が守るべき少年を見たリーガンは、乱れる呼吸と棒になった足を無理やり動かし、彼と共に孤児院へと走り出した。
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