第二十話 最初の任務

リーガンはユダと顔を合わせるなりに、その身をプルプルと震わせて怒鳴り出す。


「ちょっとユダ先生! なんでみんなにパストラのことが知られてるんですかッ!?」


それはもちろんパストラのことだった。


パストラが悪魔憑きで、さらに大悪魔であるダンテの依り代となっていることは公にはなっていないはずなのに、どうして聖堂内にいる者らが知っているのか?


もしかしてユダが口を滑らせたのではないかと、リーガンは溜まっていた鬱憤をすべて後見人であり師でもある彼にぶつけた。


「おいおい、俺がそんなことするはずないじゃないか。きっと上の連中が嫌がらせで広めたんだと思うよ。ほら、あいつらはパストラのこと処刑したがってるからさ」


「ったくこの教会は……。それでも神に仕える人間の集まりかッ!」


憂さ晴らしをしたはずのリーガンは、火に油を注がれたかのようにさらに怒り狂い。


ユダはそんな彼女を見てニコニコと嬉しそうに笑っていた。


パストラがそんな光景を苦笑いで見ていると、ユダが彼の傍へと歩を進める。


聖グレイル教会ここのこと、あんまり嫌いにならないでね。上の連中は腐ってるけど、他には結構いい奴も多いんだ。彼女みたいな」


ユダはパストラの肩にポンッと手を置くと、部屋にあった机をバシバシと叩いていたリーガンへと視線を向ける。


そう言われたパストラがニッコリと微笑むと、ユダは早速、異端審問官として最初の任務を二人に与えた。


それは彼らが今いる宗教都市アンシャジームから北にある地域――パルマコ高原への調査というものだった。


ちなみにそこにある孤児院には、パストラとファノが飼っていたヒツジたちが預けられているようで、ユダはついでに会ってくるといいと言う。


「あの子たち、そこにいるんですね! わかりました、すぐに行きます! リーガンさん! 今すぐ出発しましょう!」


いきなり年相応の子どものようにはしゃぎ始めたパストラ。


ヒツジたちと会えるのが余程嬉しいのだろう。


笑みの明るさがこれまでとは段違いだ。


対するリーガンはまた都市を出るのかと少々うんざりしながらも、嬉しそうにしているパストラを見て笑みを浮かべる。


「でも一泊二泊の旅じゃないんだよ。ちゃんと準備してからじゃないと」


「そのことなら大丈夫だよ、こんなこともあろうかと、君らの荷物なら昨夜に俺がまとめておいたから――グエッ!?」


ユダが二人の荷物をポンッと机の上に出すと、リーガンは師の頭をぶん殴った。


それから彼女は、まるで馬車に轢かれたカエルのような声を出したユダを放って、机の上にある荷物を漁り始める。


「人の服とか下着とか勝手にまとめるなんて最悪! マジで死ね今すぐ死ねッ!」


「あ、あのさリーガン……。一応、俺……。君の保護者というか後見人というか……」


「私はたとえ親だろうが自分の物を触られたくないんだよ、ゴミがッ! いつもいつも最終ライン超えてくんな、このナルシス変態ッ!」


どうやらリーガンの言葉から察するに、ユダは普段から彼女の私物を勝手に見たり出したりしているようだった。


ユダの行為はもちろん人としても容認できるものではなかったが、リーガンが彼に吐いた暴言もとても聖職者とは思えないほど酷い。


さらにいえば殴られたユダはたった一撃で顔面が血塗れになっており、彼女が手加減など一切していないことがわかる。


そんな光景をただ見ていたパストラは、先ほどのはしゃぎっぷりはどこへやら、落ち着いた様子で佇んでいた。


「まあ、準備はたしかに完璧みたい。よし、じゃあ行きましょうか、パストラ」


「えッ? ああ、はい、行きましょう! あの子たちが、みんなが待ってますからッ!」


こうして二人は、部屋で頭から血を流して倒れているユダを放って大聖堂から出た。


途中で向けられる侮蔑の目など気にせずに、駆け足で外へと向かった(当然というべきか、リーガンは視線を向けてきた者たちを鬼の形相で睨み返してはいたが)。


旅に必要なものはユダが不本意ながらも用意してくれていたのもあって、パストラとリーガンは数分後には聖グレイル教会の総本山――宗教都市アンシャジームを出発する。


目的地はパルマコ高原。


もちろんパストラは行ったことがないが、どうやらリーガンは何度か足を運んでいて、ヒツジたちが預けられている孤児院のこともよく知っているようだった。


「みんな、孤児院に預けられてたんですね。でも大丈夫かな……。迷惑かけてなきゃいいけど……」


「心配いらないよ。孤児院の子たちは動物が大好きだし、むしろ喜んでくれてるって」


その後、一人部屋に残されたユダはむくりと起き上がると、自分の傷に治癒魔法をかけて嬉しそうに椅子に座る。


それから指を立ててまた別の魔法を唱え、紅茶の入ったポットとカップを二つ出し、笑顔のまま部屋の壁に向かって声をかけた。


「君も一杯どうだい? お酒がいいならそっちにするけど、まだ昼間だしね」


すると壁からゆっくりと黒い影のようなものが現れた。


影の実態が次第にハッキリとしていく。


「君に聞いてんだよ、ジュデッカ」


ユダが声をかけた影の正体は、平原でファノを殺した燕尾服を着た悪魔ジュデッカだった。

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