第十八話 筋金入りの異端
――それから食事をしながら話すことにしよう決め、リーガンは作り置きの料理をパストラの前へと持ってきた。
オムレツとチーズに、後は野菜スープとパンというそこそこ豪華な食事だ。
生まれて初めて卵料理を食べたパストラは、リーガンの料理を絶賛し、あっという間に料理を食べ終えてしまった。
リーガンは慌てて食べなくていいと言いながらも嬉しそうに、ダンテが焼け野原を元に戻した後の話をする。
「ダンテが眠ってから私はアンシャジームに戻って来たんだけど、どうやらユダ先生が平原へ来たのは、ようやくゴリ押しできたとかで――」
どうやらユダが平原へ来たのは、前から聖グレイル教会の上層部へ掛け合っていたことが叶ったかららしい。
その掛け合っていた話というのは、なんとパストラを聖グレイル教会の一員として異端審問官に推挙するものだった。
異端審問官になる方法はこの世に一つだけだ。
それは現役の審問官による勧誘のみである。
たとえば幼い頃に片親だった母を亡くしたリーガンは、ユダに引き取られて育てられて聖職者の道へと入り、そのまま彼の推挙で異端審問官になった。
つまりはパストラもまた、ユダによる勧誘で異端審問官に選ばれたということになるが――。
「ちょっと待ってください! あの子たちが、せっかくみんなが生き返ったのに、僕は異端審問官なんてなれませんよッ!」
意識を失っている間に勝手に話が進んで、思わず大声を出したパストラ。
あの子たちとはジュデッカに灰にされたヒツジたちのことだ。
ヒツジたちはダンテの時魔術でファノの肉体と共に生前の元気な姿に戻った。
ダンテにどういう意図があってヒツジたちまでよみがえらせたのかはわからないが、パストラとしてはこれからも世話をするつもりなのだ。
それは彼の立場からすれば当然のことで、ファノがいないからこそヒツジたちの面倒をみるのは自分なのだと言い、異端審問官になどなれないと声を荒げる。
リーガンが何も言えずに困っていると、突然、部屋の扉が開いて人が入ってきた。
短い金色の髪に青い瞳をしている端正な顔をした男性――ユダだ。
「ダメだよ、君はこれから異端審問官にならなくちゃ」
「ユダさん!? あの……助けてくれたことにはお礼を言いますけど……。僕にとってみんなは家族なんです! 一緒にいたいんです! だから……異端審問官にはなれません」
「そう言われてもな~。俺も結構がんばったんだよ~。教会の上にいる連中ってドイツもコイツも面子のことばっかで頭固いからさ~」
「そんなことよりもみんなはどこですか!? みんな繊細で簡単に人に懐かない子ばかりなんです! それとお父さんは!? リーガンさんの話じゃ体だけは元に戻ったんでしょう!?」
「君は異端審問官にならないと処刑される」
噛み合わない会話に、ユダが止めを刺した。
言葉を失っているパストラを見て、リーガンは歯を食いしばっている。
そんな彼女の様子から落ち着きを取り戻したパストラは、すぐに気が付いた。
考えてみればユニアがパストラたちの前に姿を現したのも、今ユダが口にした言葉に繋がっているのだ。
おそらく聖グレイル教会の上層部は、教会を去ったファノが何をしているか調べさせていたのだろう。
そこでパストラの姿を確認し、彼の持つ聖属性と悪魔の持つ闇属性の合わさった魔力を感じ、こう判断した。
戦魔王ダンテは倒されてなどいない。
十年前に大悪魔と戦った英雄の異端審問官は、依り代となって受肉させられた赤ん坊のために、己の魔力を犠牲にして供物となった赤子の命を救ったのだと。
体内にダンテの魂を持つパストラは、聖グレイル教会からすれば存在しているだけで脅威となる。
いや、それ以上にもし戦魔王がまだ生きているなどと知られれば、ゴルゴダ大陸に住むすべての者らの教会への信頼が地に落ちる。
ユダが先ほど冗談交じりで口にしていた話を聞く限り、聖グレイル教会の上層部の連中が何よりも面子を大事にするのだ。
ならばパストラを捕らえ、殺そうとしていたのも当然で、裁判もなしに処刑というのも納得できる話だ。
「……ダンテが僕の中にいるからですか?」
「その通り。でも、心配はいらないよ。なんとか君の中にいる悪魔を祓えるように手を尽くしているから、君は異端審問官になってリーガンと同じように俺の下へ入ってくれれば――」
「ダメです! ダンテがいないとお父さんが生き返せない!」
パストラの言葉を聞き、リーガンはもちろん、これにはユダも驚愕していた。
死んだ人間を生き返らせる魔術の存在は古い文献などに記載されているが、少なくとも彼らが住むゴルゴダ大陸では成功例がない幻の術だ。
できるとすればそれはもう神や悪魔の力――。
まさかダンテが平原で眠る前に言っていた契約とはこのことだったのかと、ユダは右手で頭を抱えた。
「悪魔憑きの上にその悪魔と契約までした異端審問官か……。こりゃ筋金入りの異端者だなぁ……」
そう呟くように言ったユダの顔は、頭を抱えながらも実に嬉しそうに笑っていた。
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