第十七話 目覚めたパストラ
――パストラが目を覚ますと、彼はベットの上にいた。
そして、目の前には見たこともない天井。
ここはどこだとゆっくり体を起こそうとすると、突然、誰かに抱きしめられた。
「パストラ! よかった! 目を覚ましたんだね!」
それは赤髪のロングヘアーに、紫眼――紫の瞳をした女性リーガンだった。
リーガンはその紫の瞳に涙をためてパストラの体を、さらに強く抱きしめる。
パストラは、そんな彼女の体温を感じながら訊ねた。
まずはあの後――ユダが燕尾服を着た悪魔ジュデッカを追い払った後のことや、今、自分たちがいる場所はどこなのかを。
「ここはアンシャジームだよ」
リーガンはパストラから手を放すと、コホンと咳払いしながらまず場所から答えた。
パストラたちがいる場所の名はアンシャジーム。
ここは通称、宗教都市とも呼ばれ、王族や貴族よりも権力を持つ聖グレイル教会の総本山であり、実際に宗教組織の象徴である大聖堂もこの街にある。
パストラがいる部屋は、そのアンシャジームにあるユダの家の一室だ。
ここにはリーガンも泊まっており、ユダがあまり家にいないのもあってか、異端審問官でありながら教会の三聖人の一人の住まいだというのに、どこにでもある平民の家と同じである。
「そうか。じゃあ、ここはリーガンさんの家でもあるんですね」
「そうだよ。だから気を遣うことなんてないから、ゆっくりしてね」
リーガンはそう言うと、そのまま次の問いについて話し始めた。
パストラが胸に浮かび上がったダンテと言い合っているときに気を失い(二人は意識の中で会話をしていたときだ)、彼が目覚めるまでの間――。
突然、体を起こしたパストラの髪は真っ白になっており、青かった瞳が赤く、さらには全身に黒い模様が浮かび上がっていた。
傍にいたリーガンとユニアはすぐに身構えた。
まさかユダが口にしていたことが起きたのかと。
パストラの体が戦魔王ダンテに乗っ取られてしまったのかと。
だが、ユダは彼女たちに警戒する必要はないと言い、ニッコリとダンテに声をかけた。
「初めましてだ、戦魔王。俺はユダ。一応、聖グレイル教会の異端審問官で聖人なんてもんをやってる。そんなわけで立場的に悪魔は始末しないといけないんだよね」
「安心しろ。オレは小僧と契約した。この体にいる以上もう誰も殺せないし、後に残る傷もつけられん。それでも来るならかかってこい。ちなみにわかっていると思うが、オレが死ねば小僧も死ぬがな」
ダンテは肉体の主導権を握ったことに喜びを隠せないのか、ユダに返事をしながら全身を動かしていた。
首を鳴らし、腕を鳴らし、さらには無駄に魔力の塊を手に集め、平原の空へと放っている。
まだ十歳のパストラの体というのもあってか。
その姿は、まるで嵐でずっと外で遊べなかった子どもが野原をはしゃいでいるかのようだった。
ダンテが遊びで放つ魔力の強さにリーガンは固まって動けなくなっていたが、戦魔王と対峙しているユダのほうはフムフムと頷いて納得していた。
「契約かぁ、なら信用できるね。よし、悪魔退治はなしだ。ファノさんの子も殺したくなかったし、いやいや助かった~」
「ちょっとユダ先生!? 悪魔のいうことなんて信用するんですか!?」
声を張り上げたリーガンに対し、ユダだけでなくユニア、さらにダンテまで冷たい視線を送っていた。
その様子は、お前は悪魔の契約の意味も知らんのかと、全員がその冷めた顔で語っているかのようだった。
悪魔にとって契約は神聖なものだ。
たとえどんな些細な内容でも契約を破れば、その悪魔は地獄の最下層に魂を封じられ、生きたまま永遠にそのままにされてしまう。
聖職者、異端術師など魔術に携わる者ならば誰でも知っている常識なのだが、どうやらリーガンは知らなかったようだ。
リーガンが「なぜこんな空気に?」と固まっていると、ダンテはため息をついてからユダに声をかける。
「ふむ、少々残念だ。貴様とはぜひ
「そいつは光栄だね。じゃあ、せっかくだしちょっとやってみよっか?」
「そこの赤頭の小娘と同じバカか貴様は? オレは契約をしたと言っただろう」
「俺が殺されるなんてあり得ないし、後に残る傷もつけられなきゃ大丈夫なんじゃないの?」
「後悔するなよ、聖人ッ!」
――ユダとダンテの戦闘は、ものの数分で終わった。
両者ずいぶんとあっさりと手を止め、互いに笑みを交わし合っていたらしい。
その後、ダンテは何をするかと思えば、焼け野原となった周囲一帯に魔術をかけた。
焦土と化した平原全体を魔法陣で覆い、すると灰になったはずのヒツジたちが元のフワフワの白い毛を持った姿へと戻った。
さらには黒焦げで、もはや原形のなかったファノも生前の姿に。
その光景を見ていたリーガンは、元気に鳴いて寄ってくるヒツジに言葉を失いながらも、ファノへと視線を動かした。
だがファノがヒツジたちのように動くことなく、ダンテはただ「小僧との契約だ」と言い残し、白い髪と赤い瞳が元のパストラのもの――黒髪碧眼へと戻って全身に浮かび上がった黒い模様も消えてその場に転がった。
「あいつが……やってくれたんですね……。みんな……生き返ってよかったぁぁぁ……」
話を聞いたパストラは安堵の笑みを見せると、俯いて泣き崩れた。
そんな彼に対してリーガンはわからないことばかりだったが、何も言わずにただその小さな体を抱くのだった。
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