第十六話 契約成立
それからも二つ目、なぜファノに時魔術を使わないのか――。
それは正確にいえば、使えないといったほうが正しいと、ダンテは言う。
「オレが聖魔術の影響でお前の体を奪えないのは、さっきの話でわかったよな?」
《うん》
「要はそれと同じだ」
ダンテはそこからさらに詳しく話をした。
ファノは聖職者であり、その魂は完全に聖魔術――聖なる魔力を帯びている。
彼のように長年、異端審問官として多くの異端術師や悪魔と戦ってきた人間ならば、その魂は間違いなく邪を払う純度も高い。
そんな聖なる魔力の塊のような魂に、邪の化身ともいうべき悪魔が魔術をかけたらどうなるか。
過去に状態異常など、敵意のある術をかけた者はいただろうが、まさか敵である聖職者をよみがえらせるために魔術を使った悪魔など、ダンテが知る限り存在しない。
「“使わない”のではなく“使えない”。もちろん成功する可能性はある。だからこそさっきはお前の願いを突っぱねた」
《じゃあ、邪悪な魔力を持ったダンテがいくら人を生き返すことができたって、お父さんをよみがえらせることができるわけじゃないんだ……》
「ああ。ヤツほどの聖なる魔力を持つ魂ならば、術をかけたオレの魔力に反応して何が起こるかわからん。最悪、術をかけたオレの死は当然として、大陸の地図が変わるか、またはその周囲の生き物や植物を消滅させてしまうかもしれんぞ。なにしろ悪魔が聖職者に治癒、蘇生など善意ある術をかけた話など、どんな大昔でも聞かんからな」
ダンテはそういうと、パストラにかけていた時間停止の術を解いた。
宙で身が固まっていたパストラは勢いよく地面へと落下し、共に止まっていた鍾乳石の残骸も同じように落ちていく。
いきなりだったが見事に着地したパストラを見て、ダンテもまた彼と対面するためか、宙から降りてきた。
「これでわかっただろう。ヤツにオレの術をかけるのが危険なことは」
「うん……。たしかにリスクがあり過ぎるよね……」
「納得できたようだな。なら契約の話だ。小僧はこちらの条件を受け入れ、オレは好敵手だった男をよみがえす方法を教え、協力する。ここまでは話したよな?」
パストラは俯きながらコクッと頷いた。
その態度からわかるが、彼が目の前にいる悪魔との戦闘、問答から複雑な感情が内に湧いていることが理解できる。
戦魔王ダンテが父ファノを好きだった理由。
そしてダンテが取り憑いたパストラを救うために、自らの大半の魔力を失う術式を使ったことなど、正直いってこれだけでも子どもである彼には重すぎる話だった。
ただでさえ聖と邪の魔力の話だけでも頭がこんがらがってしまいそうなのに、パストラはそれでもすべてを真剣に聞いていたのだ。
だが負荷のかかった今の精神状態では、相手のいい様に言いくるめられてしまいそうでもある。
特に悪魔は、そういう人間を選んで契約する相手にすることが多い。
「では、内容といこう」
ダンテは、頷いたパストラに人差し指を立てて見せる。
一つ、パストラはダンテの魂を払おうとする者が現れた場合、必ずそれらから守らねばならない。
「おそらくお前は、これから聖グレイル教会へと連れて行かれるだろう。そこで教会の連中は絶対にオレのことを祓おうとする。だから守れ」
そう言ったダンテは、次に中指を立てて言葉を続けた。
二つ、もしパストラに危機が迫ったら、問答無用で一時的に体の主導権をダンテに渡す。
「これはお前を殺そうとする者が現れたときの対処法といったところか。なにせ小僧とオレは運命共同体。お前が殺されればオレも死ぬからな」
契約内容を聞いたパストラは考える。
まず一つ目の条件。
これは問題ない。
ダンテのことを信用したわけではないが、彼がいないとファノをよみがえらせる方法がわからないから当然、守らざる得ない。
世に知られた大悪魔でもパストラにとっては、ダンテは恩人であり育ての親である男を生き返らせることができる唯一の希望なのだ。
問題は二つ目だ。
これは子どもであるパストラでもすぐに思った。
もし体の主導権を渡してしまったら、それこそこの悪魔の思う壺なのではないかと。
主導権を渡すことは難しくない。
むしろ隙を見せればすぐにダンテがパストラの体を奪おうとしてくることが、過去に何度もあった。
だが、その度に悪魔から主導権を取り戻すのは簡単だった。
それは感覚的にできる。
その理屈はパストラにもわからないが、おそらくはファノが施した術式の影響だろうと思われるが、契約となるとまた話が違ってくるのではないか?
そもそもこの契約が、ダンテがパストラの体を奪うためのものだったとしたら?
しかしファノをよみがえらせる方法を知っているのは、今のところこの悪魔しかいない。
ここでリーガンに相談したり、彼女の上司であるユダならば何か知っているかもしれないと思う。
もっと多くの人に話を聞いてそれから決めたいが、ダンテはそんな時間を与えてくれないだろう。
それにたとえ一時的にという話が本当だとしても、ダンテが自由になったらその短い時間で虐殺でも始めるのではないか?
人がいっぱい死んでしまうことになるのがわかっていて、体の主導権なんて譲れっこないじゃないか。
父を救いたい。
でも体を奪われたら、すべてを懸けた父の努力が無駄になる。
パストラは答えが出せず、ただ唸ることしかできなかった。
「不安要素が多いと見える。ならこれならどうだ? オレがお前の体の主導権を渡されても人間は殺さんし、後に残る傷も残さん。渡す時間も数分間で構わん」
「えッ!? その条件でいいの!? でも、なんか僕に有利すぎる気がするなぁ……」
「オレにも目的がある。そのため、お前に死んでもらっては困るからな。まあ、利害の一致というヤツだ」
「うーん、でもやっぱ話がうますぎるような……」
「アレをよみがえらせたくないのか? 悩んでる今のお前を見たら、きっとアレはあの世で泣いているぞ」
「……わかった。お前と契約する」
パストラの言葉を聞き、ダンテは両手を上げて大いに喜んだ。
髪と瞳の色と全身に黒い模様がある以外すべて同じ容姿なのだが、その様は恐ろしい形相でとても同一人物に見えない。
そんな大喜びしているダンテの顔面に、パストラの拳がめり込む。
「ぐッ小僧!? 一体なんのマネだ!?」
「お父さんを“アレ”って言うなって何回も言わせるなよ。今のはただ殴っただけだけど、次は本気の上に魔力を込めて殴るからね」
「……ああ、そいつはオレが
「そうしてくれる」
「では、契約成立だな」
ダンテは殴られて口から血を流していた。
だが悪魔は、それでも満足そうに笑っている。
すると、どういうわけなのか。
次第にパストラの意識は薄れていった。
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