第十五話 悪魔との契約
悪魔の問いに、パストラは思考を巡らせた。
子どもながらに自分でも、考えればそう難しくない問題だと思ったのだ。
なによりもダンテがファノのことを今までのように“アレ”ではなく、好敵手だったという言い方も、彼が頭に血が昇らなかったのに一役買っていた。
そんな急に考え込んだパストラを見て、ダンテは「単純だな」と呆れている。
しかし扱いやすいのは助かると、少年が答えを出すまでの間、不満を態度にすら出さずに待っていた。
《やっぱりお父さんの術、聖魔術の影響なのかな?》
「正解だ。まあ、簡単過ぎたな」
ダンテはパストラの答えを聞くと、昔話を始めた。
その内容はパストラの両親が異端術師だったこと――。
さらには彼の両親が行った儀式によって、まだ赤ん坊だったパストラの体にダンテが受肉したことなどだった。
そこから話は広がり、まだファノが異端審問官だったときに受肉、現出したダンテと戦い、周囲の町や村に被害を出しながら四十日間も続いたこともパストラに話した。
ダンテは、実の両親の素性を聞いて少しは動揺するかと思ったが、パストラは動揺どころかまるで他人の話を聞いているかのようだった。
自分が両親に供物とされたことなど、どうでもいいことなのだろうか。
少々拍子抜けしたダンテだったが、すぐにファノとの四十日間のことを思い出し、上機嫌で話を続ける。
「ヤツとの死闘は本当に素晴らしかった。あのまま永遠にオレと戦ってほしいと渇望するほど、今でもずっと忘れられん。思い出すだけで胸が熱く、血がたぎって……あぁ、じっとしていられなくなるほどになッ!」
両腕で自分の体を抱きしめ、激しく身をよじり始めたダンテ。
それからもファノとの戦いの話は長く細かく説明され、そのときのダンテの恍惚の表情は、まるで恋に焦がれる乙女のようなものになっていた。
《そっか……。お前がお父さんを好きなのは、そんなことがあったからなんだね……》
顔を赤らめだらしのない表情をしていたダンテを見て、パストラはどうして封印された悪魔がよく父を褒めていたのかが今わかった。
それはパストラの感覚からは理解できるものではなかったが、このかつて戦魔王と呼ばれた大悪魔もずっと孤独だったのかもしれないと、彼が深読みしてしまうものだったからだ。
悪魔についてはよく知らないが、曲りなりとも王だったダンテだ。
もしかしたら彼は、長い月日の中で初めて自分のすべてをぶつけた相手が父――ファノだけだったのかもしれないと、パストラは思った。
「何か勘違いしているな、小僧。オレが求めたのは異端審問官のファノだ。お前を育て、良き父親として生きていたヤツに価値などない。だからお前の願いも拒んだ」
その一言で、パストラの緩んでいた心に再び敵意が湧いた。
だがそれを感じつつもダンテは、言葉を止めることなく話を続ける。
「話を魔術に戻そう。つまりオレは聖魔術の影響でお前の体を奪えない。しかし、オレはまた自由になって暴れたい。ちょうど面白そうな審問官も近くにいたしな」
それはおそらく、リーガンの上司であるユダのことだろう。
パストラはユダとは初対面というのもあって詳しいことは知らないが、ファノからは彼の話を聞いていた。
もしこの世に誰の目から見ても天才と呼べる人間がいるとすれば、それはユダだけだろうと。
思い出すだけでも、ファノが以前に所属していた聖グレイル教会で三人しかいない聖人の一人選ばれており、さらにファノもユダには勝てることは何一つないと、冗談交じりで話題に出していたくらいだ。
ならダンテの目的は今の体を奪い、ユダと戦うことかとパストラは思ったが――。
「さて、ここで契約の話だ、小僧。今からオレがいう条件さえ呑んでくれれば、好敵手だった男をよみがえす方法を教え、協力してやるぞ」
《ホントッ!? で、でも、お父さんが悪魔は息をするように嘘をつくって言ってたからなぁ……。いきなりそんなこと言われても信用できないよ》
パストラの思考を読み取り、ダンテが小首を傾げた。
そんな悪魔に対してパストラは、畳み掛けるように心の声をぶつける。
《それにおかしいじゃないか! 方法なんて教えてもらうよりも、お前が時魔術を使えばそれで済むだろ!?》
「それは止めたほうがいい」
《えッなんで!? なんでだよ!?》
「今、話してやるから少し落ち着け」
ダンテは、荒ぶるパストラに言い聞かせるように説明する。
まず一つ目、契約について――。
たしかに嘘は悪魔にとって呼吸と同じに等しいが、正式に交わされた契約は破れない。
もしそんなことをしたら、その悪魔は生まれ故郷の地獄――その最下層で魂を封じられ、意識がありながら未来永劫そのままになる。
「これがオレが契約を破れない理由。そして次は、なぜあの男に時魔術を使わないのかは――」
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