第十四話 固有魔術

それからダンテはパストラが立ち上がってくるのを待つと、両腕を組んで彼のことを見据える。


上げた口角はそのままに、よしよしとでも言いたそうな表情だ。


反対にパストラのほうは義父ファノをよみがえらせることができる可能性が半分、疑いの気持ちがもう半分といった様子で、にやけている悪魔を睨みつけていた。


「その話をする前に……」


「ッ!?」


パストラはダンテに声をかけると同時に、その顔面に拳を振り抜いた。


聖と邪の魔力が混じった魔力を纏った拳でぶん殴られたダンテは、血反吐を吐きながら激しく後退したが、倒れることなく両足で立っている。


「お父さんを“アレ”って呼ぶな。それって悪口みたいなもんでしょ。今度言ったら泣かすよ」


「フフフ……。貰い物の力でそこまで粋がれるのは子どもの特権だな。いいだろう。オレも久しぶりに暴れたかったところだ。相手をしながらいろいろ教えてやる。“アレ”のことをお前は何も知らんだろうからな」


「また言った! 僕が泣かすって言ったばかりなのにッ!」


ダンテの魂の世界――鍾乳洞内で二人の戦いが始まった。


先手を取ったのはパストラ。


全身に魔力を纏い、休みなく殴る蹴るを続けてダンテへと襲いかかった。


しかしやはり軽々と躱され、パストラの攻撃が悪魔に当たることはなかった。


パストラは十歳にして魔力を纏うという魔術師の中でも限られた強者だけが使える技術を会得していたが、如何せんそれ以外の戦闘技術が未熟だった。


もしダンテが並みの相手だったならば、先ほどの一撃で勝負はついていたが、相手はあの戦魔王と呼ばれた大悪魔だ。


技術も経験もすべてで劣るため、現状は当然の結果と言えた。


そもそもファノはパストラに戦い方を教えてはいなかった。


彼が息子に魔力を纏う技術を教えたのはあくまで護身のためであり、敵を倒すというよりは、自分の身を魔術や敵の攻撃から守るために学ばせたものだ。


ファノもまさかパストラが、ダンテとこうやって魂の世界とはいえ殴り合っているなどと想像もしなかっただろう。


「その様子だと固有魔術は覚えていないのか。魔力は纏えるというのに……。これではあべこべだな。まったく“アレ”も、実におかしな教育をしたものだ」


「また“アレ”って言ったなッ!」


声を張り上げたパストラは、足元にあった真っ赤な液体を蹴って飛ばした。


それがダンテの視界を塞ぎ、彼はその隙を突いて一撃入れようとしたが――。


「え、嘘ッ!? なんでッ!?」


悪魔はいつの間にか自分の目の前から消え、驚くのと同時に脇腹に凄まじい衝撃が走った。


ダンテがパストラの背後へと回り、彼の腹部を蹴り上げたのだ。


蹴り上げられたパストラは天井の鍾乳石に突き刺さり、幸い息はあるものの完全に身動きを封じられてしまう。


「退屈だ。お前はそれでもオレとアレの魔力を引き継いでいるのか? 戦法もガキ丸出しで面白みの欠片もない。せっかく十年ぶりに戦いを楽しめると思ったのだがな。話ながらするつもりがもう終わってしまった」


「ま、まだ終わってないぞ!」


パストラは全身に纏った魔力を放出し、体に突き刺さった鍾乳石を粉砕した。


これにはさすがのダンテも驚かされたが、すぐに冷静さを取り戻していた。


そして、拳を握って天井から落ちてくるパストラに向かって、悪魔は人差し指を立てて呟く。


「時魔術……不合理の論破ゼンノズ パラドックス


言葉の後――。


ダンテから放たれた黒い光の線が周囲を駆け抜けていった。


その黒い光を浴びたパストラは宙で身が固まり、彼が魔力で破壊した鍾乳石の残骸も同じように落下を止めている。


《な、なんだこれ……? 動けないし、声も出せないッ!?》


完全に固まったパストラを見上げていたダンテは、ゆっくりと地面から彼のいる宙へと飛んでくる。


「これがオレの固有魔術だ」


ダンテはパストラのところまで浮かぶと、そのまま彼を追い越してから止まった。


宙でふんぞり返った悪魔は両腕を組み、少年を見下ろしながら説明を始める。


「生ある者にそれぞれ個体差があるように、魔力を持つ者もまた独自の術が備わる。今お前が味わっているのはオレの固有魔術は“時”だ」


時魔術。


能力としては時間操作や空間操作といった世界そのものに作用する強力なものである。


時間なら加速や鈍化、時間停止は当たり前、その気になれば過去にも未来へも行くことができるようだ。


明らかに突出しすぎた力だが、ダンテは自分の固有魔術をあまり気に入ってないと言う。


「なあ、小僧。実につまらん力だと思わないか? こんな魔術、使っても勝った気がせんし、何よりも戦闘を純粋に楽しめなくなる」


《そうか……。こいつが僕を治した術は、治癒や蘇生とかじゃなくて……》


「今になってわかったようだな。そうだ。お前の体の時間を、ただ死にかける前に戻したんだよ」


そう言ったダンテは、組んでいた腕を解いて、固まっているパストラに向かって身を乗り出してきた。


意地の悪い笑みはそのままだったが。


その表情や声色、態度から、何かを理解させようとしているのは、パストラにも伝わってきた。


「さて、ここで問題だ、小僧。どうしてオレは“アレ”、いや我が好敵手だった男の術がかけられる前まで時を戻し、お前の体を奪わないんだと思う?」

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