第十三話 魂の中
再び倒れてしまったパストラに、リーガンとユニアは激しく動揺していた。
その小さな体を揺すっては、何度も声をかける。
しかし、ダンテの言葉の後に意識を失ったパストラからは反応がない。
一体何が起こったんだと騒ぐ彼女たちに向かって、ユダがまるで言い聞かせるように口を開く。
「心配はいらない。この子は今ダンテと会話しているだけさ」
「会話してるって……さっきもしてたのにどうして急に倒れちゃうんですか!?」
「あのね、リーガン。それくらいわからないで、よく今まで異端審問官なんてやってるね。少し冷静になって考えてみなよ」
ユダが呆れて苦言を口にしたが、リーガンはわけがわからない。
もし言葉の意味をそのまま取るならば、別にパストラが意識を失う必要はないだろう。
絶対によくないことが起きているに決まっている。
リーガンはそう思うと、とても落ち着いてなどいられなかった。
「もしかして、彼らは魂で……つまり心の中で会話をしているのですか?」
だがユニアは冷静にユダに言われたことを考え、自分なりの答えを出した。
彼女の出した考えに、ユダは指をパチンと鳴らして指を突き出す。
「正解。いやー本当に優秀だよね、君は。教会の連中が君をここへ送ってきたのがよくわかる」
「意識の中で会話って……それって大丈夫なんですか!? 今のパストラはファノさんが目の前で殺されて普通の状態じゃないんですよ!? もしダンテがそこを突いてきたら――」
「最悪、ぶっ壊れちゃうだろうね」
ユダは悲壮感など微塵も感じさせない口調で、リーガンにそう答えた。
当然、彼女は再び声を荒げたが、ユダが次に口にした言葉で黙らされる。
「まあ、大丈夫だよ。ファノさんの息子である彼が、悪魔の言葉くらいで壊れたりしないさ。でも、もしダンテが完全にこの子の体を乗っ取ったらそのときは俺が退治するから、二人とも覚悟しておいてね」
――パストラが目を開くと、そこは薄暗い洞窟の中――鍾乳洞だった。
天井には鍾乳石が埋め尽くしており、もしそれが落ちてきたらただでは済まないだろう鋭さと大きさだ。
さらには地面が赤い液体で浸水していて、それほどの量ではないが動く度に不快感を覚える。
そして、目の前には何か生き物の骨を積み上げて作られた椅子が見え、そこにはパストラとそっくりな裸の少年が座っていた。
「奇妙なものだよな。自分と同じ姿を見るというのは」
二人が瓜二つなのも当然だった。
なぜならばパストラの目の前にいるのは、彼の身体に受肉して現世に舞い戻った戦魔王ダンテなのだから。
だが、それでも明確な違いはあった。
パストラは黒い髪に青い目をした容姿だが、一方でダンテのほうは雪のような真っ白な髪に、血を思わせる赤い瞳をしており、全身には黒い模様のようなものが浮かび上がっている。
「オレの魂へようこそ」
「ここがお前の魂の中なのか……? こんなのまるで地獄じゃないか……」
「褒めるなよ。照れるだろうが」
「いや、別に褒めてはないんだけど……」
パストラがうんざりした顔をしていると、ダンテが椅子から立ち上がって近づいてきた。
首をゴキゴキと鳴らしながら、これから一仕事始めるかのように歩を進めてくる。
そんなダンテに警戒したパストラだったが、気が付けば悪魔の姿が目の前から消えており、耳元から囁き声が聞こえた。
「アレを助けたいか?」
パストラが振り返ると、ダンテは彼の背後に立っていた。
すぐに距離を取ろうとしたが、ダンテはパストラのことを取り押さえようと腕を伸ばしてくる。
「なんだよいきなりッ!? そっちがその気ならッ!」
敵意があると判断したパストラは、伸ばしてきたダンテの腕を振り払うと殴りかかった。
自分と同じ顔へ思いっきり拳を放ち、続けてその黒い模様が浮かぶ体を蹴り飛ばそうとした。
だが、その攻撃はダンテには届かない。
軽々と躱され、あっという間に地面に押さえつけられてしまう。
「ぐッ!?」
「命の恩人にずいぶんな態度だな。オレが助けねば、お前はあのまま死んでいたんだぞ」
「それはお前も死にたくないからだろ!? お前が自分のためにやったことなのに、なんでありがとうって思わないといけなんだよ!」
ダンテは、押さえつけられてもまだ抵抗してくるパストラを見てため息をついていた。
何をどうやっても抜け出せない状態にされても諦めないのを、鬱陶しく思っていそうな顔になって舌打ちまでし始める。
しかし、いつまでもこうしていても埒が明かないと、ダンテは再びパストラの耳元で呟くような小声で言う。
「さっきの問いだ、小僧。アレを助けたいか?」
「助けたいよ! 僕のお父さんだもんッ!」
「そうかそうか。ならお前の出方次第では、助けてやらんでもない」
ダンテは満足そうにニヤリと口角を上げると、パストラから手を離した。
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