第十二話 助ける理由

黒焦げになったパストラの傍にいたリーガンと、心臓を貫かれたファノの死体を見たユダは、掴んでいたジュデッカの首をもぎ取ってその場に放り捨てる。


首だけになったジュデッカは無惨にも地面に転がり、その影響なのか燃え盛っていた平原の炎はすべて消えていた。


「パストラとファノさんがそいつにやられたんです! 先生ならなんとかできるしょ!?」


リーガンはまだ叫び続けている。


彼女は二人を救ってくれと願い、自分の負った傷のことなど忘れて喚き続けていた。


ユダはリーガンをファノのところへ送った上司であり、聖グレイル教会の三聖人の一人だ。


その力はジュデッカほどの悪魔が相手にならないほど強く、彼の魔術は神の領域にあると言われている。


だが死んだ人間をよみがえらせる魔術は、少なくとも聖グレイル教会の中では存在しない。


それでもユダならばなんとかできるのではないか?


リーガンはそう思わずにはいられなかった。


というよりも、それ以外の考えが彼女からは出てこなかったのだ。


「無理だよ、リーガン。どんな魔術でも終わった命を戻すことはできない。君も知っているだろう」


「でも! でも先生ならなんとかできるんでしょ!? お願いだからなんとかしてよ!」


「だから俺には無理だって、俺にはね」


ユダはこんな状況でも笑みを崩さなかった。


リーガンはそんな上司に怒りすら覚えたが、傍にいたユニアには彼が考えていることがわかった。


そうだ、一つだけ方法がある。


人には無理でも悪魔になら――かつて凄まじい力でもって世界を恐怖のどん底に陥れた大悪魔ならば、それを可能にできるかもしれない。


「ユダ先生。まさかあなた……」


「さすがユニアくん。君は察しがよくていいね。うちの弟子は出来が悪いから困ったもんだよ、本当に」


ユダはユニアにそう言い返すと腰を落とした。


それから彼は、動かなくなった少年の耳元で囁くように呟く。


「おい起きろよ、戦魔王。このままじゃお前も死んじゃうぞ」


そうユダが言った瞬間、パストラの体から魔法陣が現れた。


するとみるみるうちに、少年の体が元の肌艶を取り戻していった。


リーガンは信じられないといった表情でその様子を見て、目の前の奇跡に言葉を失っていた。


「パストラ!? よかった、生き返ったんだね!」


《やかましいぞ、女。小僧は無事だ。いつまでも騒ぐな。うるさくてかなわん》


服が焼けたので、今のパストラは裸同然の状態だった。


その少年の胸から口が現れ、騒いでいるリーガンに黙るように言った。


「えッ!? あんた、ダンテなの……? パストラを助けてくれたのはあんたなのッ!?」


「あぁ、よかった……本当によかったぁぁぁッ!」


《うるさいのがもう一人増えたな……。ええい、やかましいッ! オレはうるさいのが嫌いなんだ! いい加減に黙れ女どもッ!》


リーガンが再び声を張り上げ、それに続いてユニアまで大声を出し始めた。


ユニアはずっと堪えていたのだろう。


まるで溜まった水が開いた水門から放出されたかのような勢いで、物凄い量の涙を流して喚いている。


ダンテはうんざりした声を出して二人に黙るように叫んだが、彼女たちが止まることはなかった。


リーガンはずっとダンテに向かって大声を出し続け、ユニアのほうは生き返ったパストラの体にすがりついて泣き喚き続けている状態だ。


「はいはい。戦魔王さまがこの子を生き返してくれたことだし、そろそろ君らも落ち着きなさい」


パンパンと手を叩き、ユダがその辺にしておけとリーガンとユニアを止めた。


さすがにすっきりしたのか、二人はすぐに黙ってユダのほうを見る。


ユダはそんな二人を見て微笑むと、パストラの胸に浮かび上がっているダンテの口に向かって声をかけた。


「助かったよ、ダンテ。それで、ついでにファノさんも同じようにやってくれると嬉しいんだけど、どうかな?」


《イヤだね。小僧に関してはこいつが死んだらオレも死ぬから助けたが、アレを助ける理由はない》


「うーん、そいつは残念」


ユダが「ま、そうだろうな」とでも言いたそうな返事をすると、意識を失っていたパストラの目が開いた。


蘇生したばかりで億劫なのか。


酷く怠そうで顔色も悪かったが、黒焦げだった姿からは想像もできないほど元に戻っている。


そんなパストラを見たリーガンとユニアは涙ぐみながら喜んでいた。


もう目覚めることがないと思っていた者が、悪魔の奇跡とはいえ息を吹き返したのだから当然だ。


だが、パストラは目覚めた途端に体を起こすと自分の胸――ダンテに向かって声をかける。


「お願いだよ、ダンテ……。お父さんを生き返して……」


《貴様は話を聞いていなかったのか? オレはイヤだと言ったんだ》


「なんでだよ!? お前はお父さんのこと好きだって言ってたじゃないか!? お父さんは最高だって! もう二度とこんなヤツは現れないってッ!」


《ふう、うるさいのがまた増えたな……。だが、アレも死んだしいい機会だ。貴様に教えておいてやるとするか》


ダンテがそう返事をすると、パストラは再び倒れて意識を失ってしまった。

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