第六話 運命の人

そして、パストラはリーガンが止めるのも聞かずに、近づいてくるユニアのほうへと歩を進める。


それからある程度の距離が縮まると、両者の足が止まった。


「あなたが誰かは知りませんけど、これ以上はやらせません」


「安心してください、もとより私の狙いはあなたです。しかし、いくら悪魔憑きとはいえ互いが何者か知らずにいるのも無粋ですね。ここは自己紹介をし合いましょう」


ユニアは力の抜けた状態から、ゆっくりと身構えた。


彼女の体から放たれていた魔力が、まるで陣形を組んだ軍隊のように全身へと広がっていく。


「私は聖グレイル協会の異端審問官ユニア。さあ、あなたのお名前を教えてくださいまし」


「僕の名前はパストラといいます。羊飼いファノの息子です」


「礼儀正しい子ですね。では、あなたはお金と愛ならば、どちらが大事だと思いますか?」


出た、とリーガンは思った。


彼女のときにも言っていたユニア独特の問答だ。


この質問に一体どういう意味があるのかはわからないが、きっと彼女にとっては重要なことなのだろう。


しかし、パストラはまだ子どもである。


こんな難しい質問に、ましてやあの頭のおかしいピンク髪の女が満足する答えが出せるとは思えない。


だが、パストラは少しの迷いもなく答える。


「両方です。お金だけあっても寂しいですし、愛だけあっても大事な人を守れない」


「はぅッ!?」


すると、どうしたことだろうか。


パストラの答えを聞いたユニアは、喘ぎ声のような艶のある声を発すると、その場に崩れ落ちた。


両膝を草の生い茂る地面へとついて、生まれたての小鹿のようにその身を震わせている。


そんな敵の姿を見たパストラとリーガンは、何が何なのかわけがわからない。


「あぁ、こんなところにいたんですね……」


「あのー、なんか僕、おかしなこと言っちゃいましたか?」


「い、いえ、断じておかしなことなど言ってませんよ。これまで訊ねてきた中で……最高の答えでしたぁぁぁッ!」


地面に屈していたユニアが、急に顔を上げて声を張り上げた。


彼女はなぜだか号泣しており、止まらぬ涙を拭うことなく、地面に水滴をこぼし続けている。


パストラはますますユニアという人間のことがよくわからず、背後に立っているリーガンに声をかける。


「この人、リーガンさんの知り合いなんですよね? いつもこんな感じなんですか?」


「私もまともに話したのは今日が初めてだからよくわからないけど、どうやらあんたの答えに感動しているみたいだよ。いや、ホントによくわからんけど……」


しかしまあ、これで戦闘は避けられそうだと、リーガンは再び安堵した。


見たところユニアがパストラを見つめる瞳は、大げさに言っても生き別れた恋人や家族へ向ける愛情に満ち溢れている。


そして、リーガンは思う。


このピンク髪の女はいちいち情緒不安定で、とても他人と連携して集団戦をできるタイプではない。


同世代の中でも抜きんでている実力があるのはわかるが、この性格ではいつも単独行動しているのも頷ける。


「おお、神よ。この出会いに感謝します……。では、仕切り直しましょうか、運命の人」


だがユニアは泣きながら立ち上がり、再び身構えた。


さらにいえば、先ほどよりもずっと纏う魔力を上げ、その余波が周囲の草を地面ごと吹き飛ばす勢いだ。


パストラの言葉に感動して見逃してくれるのではないのか?


困惑するリーガンが訊ねる前に、パストラが口を開く。


「えッ? 戦うんですか?」


「これは愛の試練です。私が悪魔憑きの少年と結ばれる運命ならば、なんとしてでもあなたを連れて帰ります」


気の抜けた表情で訊ねたパストラに、ユニアは泣き顔を一瞬で真剣なものへと変えて答えた。


なんというか結局戦うのかと、もはやリーガンは彼女に叩きのめされた上にその一挙一動に振り回されて、肉体的にも精神的にも疲れ切ってしまっていた。


「結ばれるって……。見ての通りパストラはまだ子どもだよ……。それにあんた、幼児愛好ペドフィリアなんて教会の教えに反する反しない以前の話だと思うけど……」


「心配は不要です。私は運命の人が成人するまで待ちますから。それまでにできる限り、強く美しく経済力のある自分でいるための努力は、けして怠るつもりありません」


「うぅ、別の意味で頭が痛くなってきた……」


頭を抱えたリーガンをよそに、パストラはユニアに向かって身構える。


どうやら英雄と呼ばれた男に育てられただけあってか、この黒髪碧眼の少年は多少のことでは狼狽えないようだ。


構えたと同時に魔力が全身に行き渡る。


「光と闇……聖と邪が混じり合った魔力……?」


「ただの悪魔憑き……というわけではないということですか……」


パストラの魔力を改めて感じたリーガンとユニアは、その異質さについ声が漏れてしまった。

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