第五話 魔力を纏う
コカトリスがリーガンのほうへと吹き飛び、その勢いで地面を転がっていく。
リーガンはすぐに立ち上がったが、コカトリスのほうは先ほどの蹴り一撃で動けなくなっていた。
その白い体をピクピクと震わせながら、くちばしから今にも泡を吹きそうだ。
「大丈夫トリス!?」
「自分の心配をしたほうがいいですよ」
コカトリスを心配したリーガンの目の前にはすでにユニアがおり、彼女の拳が向かってきていた。
意識を刈り取ろうと放たれた一撃が、リーガンのこめかみに直撃し、彼女は草の生い茂る地面にめり込む。
「がッ!?」
「召喚術に関する記述は少ないですが、やはり近接戦闘は苦手のようですね。セオリー通り過ぎて退屈です」
ユニアはため息をつくと、地面にめり込んでいるリーガンの顔面を踏みつけた。
そして、まるで杭でも打ちつけるように、彼女の顔を何度も踏みつけてめり込ませていく。
リーガンは凄まじい痛みから、次第に何も感じなくなっていく。
流れる赤い血の熱さだけが、今の彼女の意識を保っていた。
「終わりですね。さて、次は悪魔憑きですが……」
もう立ち上がることはないと思ったユニアは、足を止めてその場から離れようとした。
だが地面にめり込んでいるリーガンに背を向けた瞬間、彼女は背後から聞こえた物音に振り返る。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ……。あんたの狙って……まさかパストラ、なの……?」
立ち上がっていたリーガンの頭からは血が流れており、もはや顔の肌面積よりも血の赤い色のほうが多くなっているほどだった。
まさに血塗れ。
意識があって口を開いているのが不思議なくらいだ。
そんなリーガンを見たユニアは、その身を震わせながら顔を紅潮させている。
彼女はなぜだか実に嬉しそうにしており、頬を赤く染めたその顔は歓喜に満ちていた。
「あなた、悪魔憑きと聞いて変わりましたね。いい……実にいい……」
「何がいいのよ……つーか、敵が立ち上がってなんで喜んでんの、あんた……?」
わけがわからないリーガンがそう言うと、ユニアは表情を真剣なものへと変えて頭を下げた。
「先ほどの失言については謝罪させてください。リーガン、私はあなたのことをただ生まれ持った才能、召喚術のみで教会に入ったつまらない人間だと思ってました」
「いや、ほぼ当たってるよ、それ……」
「いえ、あなたは異端審問官として十分な素質があります。この私、ユニアがそれを保証しましょう」
もはや立っているだけでも辛いリーガンだったが、突然、好意的になった敵に内心で安堵していた。
このピンク色の髪の女が何を考えているかはわからないが、ひとまずこれ以上の戦闘はないだろうと。
だがそんなリーガンの思いとは裏腹に、事態はさらに混乱していくことになった。
それはいきなりその場に現れたパストラが、ユニアの顔面に飛び膝蹴りを入れて吹き飛ばしたからだ。
「大丈夫ですか、リーガンさん!?」
「パストラ……あなた、今のは……?」
パストラがユニアに手を出したこと以上に、リーガンは面食らっていた。
なぜならば、まだ十歳ほどの子どもである彼が、魔力を体に纏ってそれを攻撃に使用していたからだった。
魔力を纏う技術は、異端審問官、異端術師、さらに悪魔の中でもできる者は限られており、事実リーガンにはできない技だ。
それなのにこの黒髪碧眼の少年は、見事にその技をやってのけた。
誰であっても驚いてしまうのも仕方がない。
「昔お父さんに教えてもらったんです。自分が助けたい人くらいは守れるようになれって」
「ファノさんが……? まあ、あの人ならたしかに教えるのも上手そうだけど……」
「そんなことよりも血がいっぱい出てますよ! 早くお父さんのところへ行って治癒魔術で治さないとバイキンが入っちゃいます!」
戸惑っているリーガンをよそに、パストラは彼女のケガを心配していた。
子どもらしい言い回しであたふたし、立ち尽くしている彼女の手を取ってその場から去ろうとする。
しかし、そう簡単にはいかない。
「今のは素晴らしい一撃でした。ですが、この程度では私を止められませんよ」
吹き飛ばされたユニアはすぐに立ち上がり、ゆっくりと二人の傍へと近づいてきた。
顔面にもろに魔力が込められた攻撃を受けたというのに、彼女の顔は痣一つない。
そんな彼女を見てリーガンはすぐに理解する。
ユニアもまた限られた魔力を纏う技術を持つ強者なのだと。
「あなたが上層部が言っていた悪魔憑きですね。まさかこんな子どもだったとは思いもよらなかったですが」
「ちょっとユニア! あなた、さっきもう戦わない感じだったじゃないの!? パストラがやったことなら謝るからもうやめてよ!」
訴えかけるように言ったリーガンに、ユニアは首を左右に振って応えた。
その態度から、彼女がパストラを狙ってこの平原へやってきたと予想していたことが、確信へと変わる。
リーガンが上司であるユダから受けた命は、ファノに手紙を届けること――そして、それが彼らと共にいることだったと手紙の内容から知った。
おそらくは聖グレイル協会の送ってくる刺客から、二人を守るために自分をファノのところへ行かせたのだろう。
ならばこんなケガくらいで怯んでなどいられない。
「くッ、手も足も動かない……。私って、いつもこうだぁ……」
歯を食いしばってパストラを守ろうとするが、もはやリーガンの体は彼女の思うように動かなかった。
すでに重傷である彼女は、戦うことなど不可能な状態だ。
悔しさで顔をゆがめるリーガンに、パストラは前に出ながら言う。
「待っていてください、リーガンさん。すぐに終わらせてお父さんのところへ連れていきますから」
「ダメだよ、パストラ……。あの女の狙いはあんたなんだ……。それに、あの女は教会の中でもかなりの実力者なんだよ! いくらあんたが魔力を纏えてもッ!」
パストラは声を張り上げたリーガンのほうを振り返ると、ニッコリと微笑んだ。
それはこの数週間で彼が見せている、いつもの笑顔だった。
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