第四話 次世代の聖人候補

だが、リーガンはすぐに気が付いた。


彼女が振り返ると、そこには女性が立っている。


「あなたは異端審問官ですね」


「そういうあんたは?」


訊ねて女性の姿をよく見てみる。


ピンク色の髪が目立つ小柄な体型。


服装は銀のアクセサリーが付いた上下黒の服。


リーガンの着ているものとは違って少しアレンジしているが、間違いなく異端審問官に支給される制服だった。


「って、あんたはユニア!? どうしてこんなところにいんの!?」


リーガンは、このピンク色の髪をした異端審問官のことを知っていた。


なぜならば突然現れたこのユニアという女性は、彼女の世代の中で有名な審問官だったからだ。


彼女たちの世代がまだ異端審問官になったばかりの頃――。


聖グレイル教会と異端術師の大規模な戦いがあった。


その戦いでリーガンたち新米の異端審問官は、集団で組み異端術師の使い魔を倒すことが精一杯だったが、なんとユニアは単独で五人の術師を倒し、その名を教会内に知らしめたのだ。


以来ユニアはリーガンたちの世代で、聖グレイル教会の次世代の聖人に最も近い異端審問官だと言われている。


「どうやらあなたは私を知っているようですね。でもまあ、私はあなたのことを何も知らないので、互いに自己紹介をしておきましょう」


「何を勝手に話を進めてんの! それよりもどうしてあんたがここにいるのかを訊いてんだよ、こっちは!?」


声を張り上げて再び訊ねたリーガンに対し、ユニアは両腕を上げて身構えると、次第に彼女の全身から魔力が放たれ始めた。


それはまるで悪魔や異端術師に向けるような、敵意むき出しの姿勢だ。


戦闘開始のスタイルを取ったユニアは、リーガンの質問を無視して言い返す。


「私は異端審問官ユニア。お金と愛をなによりも大事にする者。さあ、赤い髪の……次はあなたの番です」


「ちょっとあんた!? 話し聞いてるの!? つーか前に顔を合わせたことあるし、そのときに名乗ってるんだけど!?」


「覚えてないので、お名前を」


ユニアの威圧感が増す。


それに気圧けおされたのか。


リーガンは睨み返しながらも、冷や汗を掻いていた。


「ったく、あんたのペースに合わせるのは癪だけど、話が進みそうもないから名乗ってあげる。私の名前はリーガン! あんたと同じく聖グレイル教会の異端審問官!」


「では、リーガンと呼ばせてもらいましょう。さてリーガン。あなたはお金と愛、どちらが大事ですか?」


「へッ?」


戦闘態勢に入りながら、ユニアはおかしなことをリーガンに訊ねた。


実際にリーガンも彼女の意図がわからず、大きく首を傾げてキョトンとしてしまっている。


「いや、いきなりそんなプライベートなことを訊かれてもなぁ……。答えづらいというか……。つーか、こういうのってもっと仲良くなってから訊くもんじゃない?」


「これはあなたの人間性を知りたいという、私からの好意だと思ってください」


「距離の詰め方ヘタかッ! うーん、でもまあしいて言えば、お金? いや、やっぱ愛かも……」


「はい失格ッ!」


ユニアが声を張り上げると、彼女の纏う魔力量が上がっていった。


そして彼女の姿がリーガンの視界から消え、気が付けば目の前に立っている。


「優柔不断は死を招きますよ、リーガン」


「なッ!?」


リーガンが身構えようとしたとき、すでにユニアの拳が彼女の腹部を貫いていた。


そのあまりの威力に吹き飛ばされたリーガンは、まるで発射された砲弾のように弧を描いて宙を舞っていく。


「いきなりなにすんの!?」


「判断が遅いあなたでは異端審問官としてやっていけないでしょうから、ここで引退させてあげますよ。私からのせめてもの慈悲です」


「ふざけんなッ! もういい! 何が目的か知らないけど、そっちがその気ならやってるやるッ!」


リーガンは叫びながら両足で着地すると、両手の手のひらを合わせて身構えた。


すると、彼女の背後に魔法陣が現れる。


「召喚術式……いでよ、我が友!」


その声と共に、魔法陣から幻獣が現れた。


ニワトリの頭部、竜の翼、蛇の尾、黄色い羽毛を持つ怪鳥――コカトリスだ。


突然、人の背丈を超える鳥がリーガンの傍らに現れ、これにはさすがにユニアも両目を見開いていた。


「そういえば同世代で唯一召喚の魔術を使える人がいるとは聞いていましたが、あなたでしたか」


「ええ、そうよ! 私に手を出したことを後悔させてやる! トリス、お願い!」


リーガンの声に反応し、コカトリスが「コケーッ!」と咆哮をあげた。


そして両翼を広げて飛び上がり、ユニアへと突進していく。


これに対しユニアは、両腕を前に掲げて受けようとした。


だがコカトリスの狙いは彼女を吹き飛ばすことでなく、その動きを封じることだった。


「よし! ナイスだよ、トリス! そのまま締め上げちゃってッ!」


一気に間合いを詰めたコカトリスは、蛇の尾を鎖のように使い、ユニアの体に巻き付いた。


動きが封じられた彼女を見て、リーガンの口角が上がったが――。


「予想通りですね。自分では戦わずに教科書に書かれたままの幻獣頼り……。あなたはまたも私を失望させました」


ユニアは体に巻き付いたコカトリスの尻尾を無理やり振りほどき、怪鳥の体を蹴り飛ばした。

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