2品目【エルフご要望のジュエルレモンケーキ】

 喫茶アルケミー。クリスタル大陸の北方に位置する大国、クンツァイト帝国の森の中にある、小ぢんまりとした喫茶店。貴族社会に嫌気がさして家を飛び出した自分が、初めて開いた喫茶店だ。名前に特に意味は無い、ただなんとなく付けてみただけ。それでも中々にいいネーミングじゃなかろうかと思った。

 しかし、店を開いたとて客足には期待していない。そもそもクンツァイト帝国の、かつ森の中で開いている喫茶店など誰が好き好んで足を運ぶというのか。そんな場所に喫茶店を開いた自分も自分だが。それは置いといて。

 正直に言うと、この場所を選んだのはわざとだ。もし人が多い街に店を構えて、その店に公爵家の後継という立場を捨てた元嫡子がいるなんて、貴族社会のな連中の耳に入ってみろ、絶対に面倒なことにしかならない。例えば毎日毎時間毎秒人が絶えずに来るとか、しかも特に興味もくそもない貴族社会の流行の話とかされ続けたりとか、嫌味とか皮肉を浴び続けたりとか。死んでもゴメンだ。

 だからこそこの辺境の地で店を構えることにしたのだ。ここは静かで穏やかでいい。変な来客が来ることは無いし、余計な音も聞こえない。あるのはいつだって、静寂か、森のざわめきか、妖精たちのおしゃべりだけ。これこそ自分が求めていた空気だ。余計なものは何ひとつとしてない。

 と、思っていたんだが。


「すまない! ここ最近開かれたという喫茶店はここであってるかい!?」


 けたたましくベルを鳴らして、フードを被った奇妙な客が来店してきた。申し訳ないんだが、もう少し静かに入ってきてくれんか。



2品目【エルフご要望のジュエルレモンケーキ】



 未だに肩で息をしている来客に、とりあえずカウンター席に座るように促す。客は震える足でゆっくりと座り、それとなく出しておいた珈琲カフを少しだけ飲むと、どうにか落ち着きを取り戻したらしい。


「すまない、取り乱してしまっていたようだ」

「そうかい」


 どうにか絞り出したであろうその言葉に、肯定も否定もしない。ただだまって次の言葉を促す。


「それで、ここ最近新しく開かれた喫茶店はここであってるかな?」

「その通りだね」


 来客の問いに肯定する。返事に満足したのか、であれば、と一言置いて来客はひとつの麻袋を差し出した。持ってみると、ずしりと確かに重い。何が入ってる? と聞けば、客は少し間を置いてから口を開いた。


「とりあえず、その目で見てくれ」


 なんだその意味深な返事は。しかしそこで不機嫌になる理由は無いので、その言葉に従って麻袋の封を解く。すると、突如として強い光が視界に飛び込んできた。思わず目を閉じてしまうが、さすがにこのままつっ返す訳には行かない。なんとか目を開きつつ、麻袋の中にあるであろう固形物を掴む。それをゆっくりと取り出すと輝きは収まり、見慣れたの形をして目の前に現れる。それに酷く見覚えがあったので、思わず呟く。


「───、か?」


 その言葉に、客は力強く頷いた。


 ───ジュエルレモン。それは通常のレモンとは違う、特殊な魔果実マジックフルーツ。そもそも魔果実マジックフルーツというのは、通常のフルーツに何かしらの魔力の影響がもたらされ、長い年月を経て実ったものだ。当然成長スピードも比べ物にならないくらい遅く、例えば今年苗木を植えたとしても、魔果実マジックフルーツが実るまでそれこそ10年じゃきかない。下手をしたら、生まれたばかりの赤子の腰が、徐々に曲がり始めるくらいまでの年月がかかる。まあつまりは、びっくりするくらい時間がかかる。その分人間の身体に与える影響もでかい。

 そんなシロモノなので、ひとたび魔果実マジックフルーツが市場に出ると、恐ろしいほどの高値で取引される。とれる場所も限られているし、そもそも数もそんなにない。求める人間は数多くいるが、求められているモノはごくわずか。そりゃ高くもなる。オマケに人体に絶大なご利益をもたらしてくれるので、ひとたびそれを手に入れたら間違いなく血で血を洗う争いが……とまではいかなくとも、醜い奪い合いが起こるのは確かだ。実際、魔果実マジックフルーツを手に入れた一軒の食事処が、大量に押し寄せた客によって、物理的に店をつぶされた事例があった。正直アホだなとは思ったが。

 さてそんなわけである意味にも等しい魔果実マジックフルーツを、この客はウチに持ってきた。選択としては正解かもしれない。なぜならここは北のクンツァイト帝国の辺境の森の中。行きつくまでにによって、半日以上は同じ場所をぐるぐる回る羽目になり、最後にゃスタート位置に戻されているのがよくある。特別な存在でもない限りは、この森の中にある喫茶店にたどり着くことはそうそうできない。そう、


「……わざわざうちに持ってきた、っつーことは。これ使ってなんか作れってことだよな。のル・ローンさんよ」

「そういうことだ。久方ぶりだな、


 わざとらしく名前を言ってやると、そいつは目深にかぶっていたフードを取り、素顔をあらわにする。そこには、ずいぶん昔に出会ったエルフの知り合いである『ル・ローン』がいた。

 ローンとはその昔、この森の中で出会った。まだ貴族社会に出るための勉強をしていたころ、勉強に飽きて家を抜け出し、当時の遊び場であった森の中で昼寝をしていた時のこと。ふと何かの視線を感じ取り、起き上がって周囲を見回せば、音もなく背後にとんがった耳が特徴的な、人間ではない何かが不思議な顔をして立っていた。誰? と声をかければ、そっちこそ誰だと返ってくる。多分これこのまま名前言わないと手に持ってる弓矢で射抜かれるか、もしくは延々と誰だを繰り返すかのどっちかだな、と幼いながらに思ったので、正直に自分の名前を言った。そしたらぱっと顔を明るくさせて、ル・ローンというものだと返ってくる。


「ここに正気を保ったままの人間が来るなんて初めてだ」


 直後にそんな言葉が返ってくるなんて思いもしなかったが。まあそれは置いといて。どうやら人間とは初めての邂逅だったのか、そこから怒涛の質問タイムがやってきた。どこから来たのか、何者なのか、何をしに来たのか、年齢は、趣味は、好きなものは、目指すものは等々。上げ始めたらキリがないくらいだ。それらをひとつひとつ丁寧に拾い上げて、全部の質問に答えてやると、満足そうにうなずいたのちに、


が君をネフライトって呼ぶ理由が分かったよ」


 と、とんでもない爆弾を笑顔で落とされた。当時からその名で呼んでくる存在は、妖精族フェアリーしかいない。となると、ローンはそいつらから、自分であるジェードの話だけは知っていたわけだ。驚いてローンに何か言おうとしたとき、そいつはまた明日な、と言いつつ止めるのも聞かずにどこかへと去っていった。ひとりその場に取り残されたジェードさんは、呆然としたまま家に帰ることになったわけなんだが。


「まさかそのまた明日のが今日とか思うまいよ」

「僕らにとっちゃ昨日みたいなもんだしいいじゃんか」


 そう、言葉をバカ真面目に受け取ったジェードさんは、翌日にまた同じ場所に行ってみたものの、びっくりするくらい目的の人物が来る気配はなく、肩を落としたのだ。何日も通い詰めてはみたが、結局誰も来なかった。それからあの出来事は夢だったのかもしれないと思ってはいたのだが、まさかこういう形で再会するとは。何が起こるか分かったもんじゃないな、と思う。


「んで、具体的には何をご所望で?」


 満を持してローンに、ジュエルレモンの使い道を聞くと、わざとらしく悪い顔をして返ってくる。


「バカうまいケーキが食べたい、なッ!」

「素直でよろしい。ちょっと時間はかかるけどいいか?」

「もちろんさ!」


 バカうまいケーキをリクエストされたので、個人的にケーキの中で1番バカうまいと思っているレアチーズケーキのジュエルレモン版を作ろう。



 まずレモン果汁を使って作った手製のクリームチーズと、昨日手に入れたバターを冷却魔術がかかった保存箱から取り出し、常温に戻す。その間、街で手に入れたなんでも固まる食用粉ゼラチンをボウルの中の冷えた水に入れ、よくふやかしておく。ちょうどいいのでこの時間にジュエルレモンは輪切りにしておこう。あら断面がきれい。日に透かせば宝石みたい。そりゃそうだろジュエルってついてんだから何言ってんだ。切り分けたら別の皿によけておく。

 次にあらかじめ作り置きしていた多めのビスケットを少し大きいボウルに入れて、これを棒などで粉々に砕いてく。これが土台になるので、念入りに、細かく。満足いくまで砕いたら、ちょうどいい感じになったバターを粉々になったビスケットの中へ入れ、よく混ぜる。混ぜ終えたらペーパーシートを敷き詰めたケーキ型に、ビスケットを敷き詰める。この時、隙間がないようにぐいぐいと押し広げる。できたら冷却魔術がかかった保存箱に入れておく。

 さて冷やしている間にメインのレアチーズを作る。常温に戻したクリームチーズをボウルに入れて、ヘラなどでよく練る。ある程度滑らかになったら、そこへ妖精族フェアリーお気に入りの特別な砂糖を入れてまた混ぜる。この時ヘラではなく、ホイッパー泡だて器を使うこと。混ざったらクリーム(もしくはヨーグルトだが、好みの問題なので好きなほうを)、ジュエルレモンの果汁を数回に分けて入れて、都度混ぜる。なんかジュエルレモンの果汁を入れた時だけ、シャランとチーズが輝くのは気のせいだろうか。いやたぶん気のせいじゃないな、コレ。

 しっかりとチーズが混ざったので、お次はふやかした粉の出番。鍋に水を入れ、火の精霊に手伝ってもらい、水を沸かす。ぽこぽことわき始めたら火を止めてもらって、ふやかした粉を湯煎し溶かす。溶けたら先ほど混ぜ合わせたチーズの中へ加えてまた混ぜる。

 最後に冷却魔術保存箱から土台を取り出して、チーズを少し入れる。その途中で輪切りにしたジュエルレモンを隙間なく敷き詰め、またチーズを入れる。この繰り返しで上まで入れたら、冷却魔法保存箱に入れて、かたまるまで数時間ほど待つ。待っている間は暇なので、調理器具の片づけをしつつ、手伝ってくれた火の精霊にご褒美を与え、珈琲カフを飲みながらローンとの話に花を咲かせる。


「にしてもずいぶん大きくなったんじゃないか? 昨日までは小さかったもんだが」

「バカ言うなそっちの時間感覚とおなじじゃないんだっつの」

「そういうもんかあ。まああんなに小さくて、昼寝をしに森の中まで来てたお前が、まさか使になるなんてなあ」


 魔法使い、という単語に少しどきりとする。


「ん? どうしたんだいネフライト」

「……いや、なんでも」


 少しばかり視線をそらしながら答える。それを知ってか知らずか、ローンはそれ以上踏み込んでくることはなかった。なんだか気まずい空気が流れてしまった。だってまさかローンの口からその単語が飛び出てくるとは思わなかったし。


『ネフライトー、何作ってるノ?』


 瞬間、救世主のような声が響いてくる。この声はもちろん、妖精族フェアリーたちだ。


「ジュエルレモンのケーキだけど」

『ジュエルレモン? ケーキ? 食べたーイ』


 小躍りしながら彼らはクルクル回る。いいよと答えればさらに回る。それを聞いたローンは僕の取り分が減る! なんて騒ぎ始めた。元から自分も食べるつもりだったことは黙っておくか。

 そんなやり取りをしているうちに、ふと時計を見ればそろそろ頃合いのようだ。保存箱かを開けると、そこにはきれいに飾りつけられたケーキが鎮座していた。しかもジュエルレモンを贅沢に使っているから、心なしかまぶしい気がする。気のせいじゃないが。

 ケーキを取り出し、ナイフで人数分に切り分け、皿に盛り付ける。うん、なかなかいい出来じゃなかろうか。


「はい、ご要望の。完成だ」



本日喫茶アルケミー、貸し切り営業。またのご来店を、お待ちしております。



 

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