第30話 思い出 11

          ◆     ◆     ◆

 

「――エリス、ピエリス!」


 シオンの声で、わたしは目を覚ましました。

 火災現場のような、鼻につく煙の匂いがしました。わたしはシオンと一緒に原付に跨がり、手にはビデオカメラを持ったままでした。


 そうだ、撮影をしていて、なにか違和感を覚えて、それで……

 記憶が蘇る。


 空を引き裂くミサイルの飛翔音、次々と着弾し、膨れあがる火球。島のあちこちから立ち上る黒煙。そのひとつは、学校のグラウンドからで……


「どうして……」


 振り返った先、学校の校舎が見えました。 

 見たくないと思っても、わたしの目は克明にとらえてしまっていました。

 グラウンドから立ち上る黒煙。

 グラウンドに飛び散る無数のミサイルの破片。

 そして、無数の、

 どれが、だれかも、わからない、

 やわらかく血の通っていた組織の破片と、赤黒く凝固しかけた体液。


「どうして」


 ふたたび、わたしの唇が同じ言葉をこぼしました。

 どうして、学校が。

 どうして、彼ら彼女らが。

 どうして、卒業まで後少しで。

 どうして、

 どうして、

 わたしは、なにも、


 胸の奥、心があるとするならきっとそこだと思う場所に、ひびが入りました。

 わたしの存在意義、なすべきことを、すべて否定されたと感じました。


 サイレンが鳴り響き、今ごろになって行政無線が市民に避難を呼びかけ始めました。


「ピエリス? 大丈夫、ねえピエリス!?」


 シオンの声が遠ざかって聞こえました。

 耳鳴りがして、周囲の音が塗り潰される。必死に呼びかけるシオンの声も、体温も、手を握る肌触りさえ、わたしから切り離され、どこか遠く冷たい場所へ放り投げられてしまったかのようでした。

 シオンとこれまで育んできた愛おしいぬくもりが、踏みにじられるのを感じました。


「――! !?」


 シオンがなにか叫びながら、原付を旋回させました。ぐん、と機体が加速し、島の坂を一気に登って行きました。


 わたしたちを乗せた原付は、サイレンを鳴らし兵士たちが駆け回っている空軍基地に飛び込みました。基地司令部の前に原付を乗り捨て、シオンがわたしを抱きかかえました。


 駆け寄る警備兵に、シオンがなにか怒鳴り散らしていました。困惑する兵士を無視して、シオンはわたしを医務室へ運ぼうとして、

 そして、

 あの男の、嬉しそうな、どこか安堵した声が聞こえたのです。


「あぁ、本当に良かった。いい具合にていますね」


 先日わたしを連れ戻しに来た、海軍兵器開発局のYシャツ姿が薄い笑みを浮かべてそこに立っていました。


          ◆     ◆     ◆

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