第25話 思い出 10
◆ ◆ ◆
わたしは、弾かれたようにシオンから唇を離しました。
シオンとの間に結ばれようとしていた紐帯は消失していました。
後に残るのは、視界に表示されたアイリスリットへの不正介入に対する警告表示だけでした。
わたしは、自分がしでかした失態に遅まきながら気づき、歯がみしました。シオンが優秀な魔女だと知っているなら、この状況は想定しておくべきでした。
「い、いまのって……」
呆然としたまま、シオンが呟きました。
シオンは感じたのでしょう。わたしの、更にそのむこう側にあるとても巨大なアイリスリットの存在を。
もの問いたげなシオンの瞳をわたしは直視できませんでした。
「……ごめんなさい」
立ち上がり、祭壇から飛び降りました。
シオンが慌てた声でわたしを呼び、後を追いかけてきても、わたしは振り返ることができませんでした。
わたしは屋敷の庭を通り抜けました。道に出ようとしたところで、家の前に白いバンが止まっていることに気づきました。
「ちょっとピエリス! 待ってってば!」
慌てて追いかけてきたシオンが、白いバンと、そこから下りてくる男たちに気づいて立ち止まりました。
「だれ……?」
シオンの問いかけに、わたしは無言で首を振りました。答える権限を、持ち合わせていなかったためです。
「海軍兵器開発局の者です」
代わりに、バンから降り立った男が答えました。スラックスに半袖のYシャツ。首からぶら下げた身分証を胸ポケットに突っ込んでいる姿は、一見すると役場の人間のようでした。
「ピエリス、基地にもどる時間ですよ。さあこちらへ」
バンのスライドドアを開いて、暗い車内を指し示しました。
「待ってピエリス!」
わたしの手を引くシオンの手を、Yシャツの男が遮りました。
人当たりのいい穏やかな笑顔を浮かべて、男は言いました。
「申し訳ありません、シオン・フウセンカズラさん。彼女は基地へ戻らねばなりません。安心してください。明日からはいつも通り会えますよ」
優しげな、けれど有無を言わせぬ口調に、わたしの手を掴んだシオンの手から力が抜けました。
「ごめんなさい」
わたしはシオンを振り返ることができないまま、ひとこと謝ると、バンに乗り込みました。男がシオンに歩み寄って、話しかけるのが聞こえました。
「突然押しかけて、申し訳ありませんでした」
丁寧な物腰の言葉に、シオンの表情から警戒心が抜けていきました。
「あたしを逮捕しないんですか……?」
「逮捕だなんて、とんでもない。むしろ感謝しています。あなたのような友人が、彼女には必要だったのですから」
男がシオンに手を差し出す。おずおずと握り返したシオンに、笑顔で男が言いました。
「これからも彼女と仲良くしてあげてください。わたしたちのためにも」
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