第23話 思い出 9

          ◆     ◆     ◆


「キスを、してしまいました」 


 鼻の頭がくっ付きそうな距離で、シオンがぽつりと呟きました。

 まるでわたしの口調を真似したかのような声には、戸惑いと驚きが滲んでいました。

 わたしも、キスをした張本人のシオンまでもが、ぽかんとしてしばらく無言が続きました。


「あの、えっと、どうして……?」


 わたしの問いかけに、シオンは空を見上げ首を傾げ、そしてわたしを見て言いました。


「えっと……嬉しくて。私とおなじようなこと、ピエリスも思ってたのが。嬉しくなって、気づいたら、キスしてた」


 シオンがふわふわした口調で説明しました。

 けれど、それで充分だとわたしは感じました。それ以上の説明など必要ありませんでした。


「シオンは、わたしのことが好きですか?」


 二、三度瞬きをして、シオンはゆっくりと口を開きました。


「そう、なのかな……そう、かもしれない……けど、この好きがどんな「好き」なのか、わかんない」


 暗闇を手探りで歩くようなシオンの呟きに、わたしは小さな明かりを灯してあげたい気持ちになりました。

 あの時わたしは、シオンが分類に困る「好き」の正体を突き止めて欲しいと思ったのでした。そしてもし叶うのであれば、それをわたしも手にしたいと、そう思ったのでした。

 今思い出すと、恥ずかしい気持ちで一杯になります。

 ただ単に、わたしはシオンにはっきりと「好き」と言って欲しかっただけだったのです。


「もう一度、してみませんか?」


 わたしの提案に、シオンは静かに喉を鳴らして、それから頷きました。

 シオンの片手を取り、指先を握りながら、わたしたちは二度目のキスをしました。

 何かが「繋がる」感触を、わたしは胸の奥に感じました。

 次の瞬間、わたしとシオンを紫色の光が包みこみました。

 シオンの意識が、わたしの中に流れ込んでくるのを感じました。

 そのときのわたしは、ただその感覚を受け入れてしまったのです。「シオンの意識の体温」とでも呼ぶべきそれは、姿形に差はあっても「基」を同じくするような、同じ原石から切り出された形の違う宝石が放つ光のように感じられたのでした。


 シオンがわたしと同じものを感じているのが、わたしには解りました。

 彼女が感じるものが、わたしにも解る。

 わたしのアイリスリットとシオンの魔女の血が、お互いの感情を向かい合った鏡に投げ込まれた光のように跳ね返し合っていました。投げ込まれた感情の出所がシオンとわたしどちらかなど、もはやどうでも良いことのように思われました。

 二つの糸が縒り合わされ新しい一本に生まれ変わるかのような心強さに、目眩に似た快感が襲いかかってきました。

 

 しかし、その快感は唐突に断ち切られたのでした。


          ◆     ◆     ◆

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