第21話 思い出 8


          ◆     ◆     ◆


 わたしによく似た少女が、六十年前たしかにこの島に生きていた。

 魔女としての能力を認められながらも夭折ようせつし、その後遺体は軍に献体された。


 その事実に、わたしとシオンはしばし言葉をなくしました。外の明るさに反比例して居間は暗く、セミの鳴き声と風鈴の音がどこか他人事のように響いていました。

 そのとき突然、シオンが「あ、そーだ」と手を打って沈黙を破りました。


「ピエリス、週末の撮影のことなんだけどさ」

「撮影?」


 首を傾げる私に、シオンが「あれっ? 言ってなかったっけ!?」と慌てた声を出しました。


「卒アル用のムービー撮影するからって、あれ? 言ってなかった?」

「聞いてません」


 シオンが手を額に当てて「あちゃー……」と天井を見上げました。


「すっかり言ったつもりになってた。ゴメン! ピエリス今週末、時間取れる?」

「ええ、日中なら大丈夫ですが」

「はぁあ、良かった~! じゃあ早速この後打ち合わせしよ!」


 気持ちいい場所があるから、とシオンはわたしを庭に誘いました。家の裏手に、大きな樹がそびえ立ち夏の強い日射しを和らげていました。

 涼しい風が通り抜けるそこに、しめ縄が巻かれた、縦横三メートルほどの、石の祭壇が鎮座していました。

 シオンは慣れた様子で祭壇に登ると、わたしに手を差し出しました。


「いいのですか? そんなところに登って」

「いいのいいの! どうせお祭りのときしか使わないんだから」


 シオンの手を握って祭壇の上に登ると、シオンはごろりと仰向けに寝転がりました。

 わたしは木漏れ日を全身に受ける彼女の隣に立って、彼女が語る撮影の段取りに耳を傾けました。


「——それでね、グラウンドにクラスの皆が並んで人文字作るから、そこを私とピエリスが一緒に飛んで撮影するの。一人じゃカメラが持てないから、撮影はピエリスがお願い。ルート確認しておきたいから、明日の放課後一緒に飛んでもらってもいい?」

「解りました」


 わたしが頷くと、シオンはそのまま黙り込んでぼんやりと空を見上げました。祭壇の上に立ったまま、わたしは彼女を彼女の次の言葉を待ちました。けれど、シオンが口を開く様子はありませんでした。


「……それだけ、ですか?」

「えっ? あ。そうね。うん。あとは実際に飛んでみてかな?」


 思った以上に呆気なく終わった打ち合わせに拍子抜けしていると、寝転がったシオンが、


「ピエリス、パンツ見えてる」


 わたしがスカートの裾を押さえてしゃがむと、シオンがけらけら笑いました。恨めしく睨むわたしにシオンは言いました。


「昔の写真とか打ち合わせとか、実はついでっていうか。ほんとは、ピエリスとこうしてただおしゃべりしたかっただけなの」


 自分の二の腕を枕にして呟いたシオンの言い分は、わたしの身体にするりと溶け込みました。なぜなら、わたしも同じように思っていたからです。

 シオンの隣で三角座りになっていたわたしは、腕を解いてその場に寝そべりました。石の祭壇は木陰のせいかひんやりと冷たくて、それがなんだか心地よくて、気付けば口から言葉が溢れていました。


「わたしもです」

「えっ?」

「わたしも、噂の真相より、シオンの家に行ってみたかったので……」


 シオンが、腕を突いて上半身を起こしました。ぱちぱちと瞬きしながら、シオンがわたしの顔を覗き込み、


「ねえピエリス」

「なんでしょう」


 シオンの顔が目の前にありました。

 突然のことにわたしが動きを止めていると、唇に柔らかい温もりが触れました。


           ◆     ◆     ◆

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