第19話 思い出 7
◆ ◆ ◆
シオンの家は、学校から原付で飛んで五分ほどの距離にありました。
「上がって上がって、いまお茶出すから」
ぱたぱたと台所に走って行くシオンの後ろ姿を見送って、わたしは家の中を眺めました。
シオンの家は島の古くからある民家に見かける平屋造りで、庭に面した玄関と、裏手には広い庭園と畑、鶏がエサをつつく小屋が見えました。
程なくして冷たい麦茶の入ったグラスをお盆に載せ、シオンが座卓に着きました。
「それで、その写真というのは……」
シオンがわたしを家に呼び出した理由、学校で噂になっているという「六十年前に死んだ少女」の写真は、果たして存在するのでしょうか。
その段階では、わたしはまだ半信半疑でした。
ここまで来たのは写真が気になったというより、シオンの家に行ってみたいという好奇心が勝ったからというのが正直なところでした。
「えっとね、ちょっと待ってて……」
シオンは麦茶をぐいと飲み干すと、今の片隅にあった書棚の戸を開けて中をごそごそ引っ張り出し始めました。
やがて、あちこち錆だらけのお菓子の空き缶を手に、シオンが立ち膝で戻ってきました。わたしの目の前で、缶の蓋を開けると、中身に沢山詰められていたのは古い写真でした。
カラー写真も何枚かはありましたが、ほとんどは古い白黒写真で、角が折れたり、茶色の染みが浮いたり、長い時を経たことを思わせる写真たちでした。
「ほら、これ」
その中の一枚、家族の集合写真とおぼしきものをシオンが指さしました。
写っているのは、二十人弱ほどの老若男女でした。立ち並ぶ人たちの背後に写る建物や風景から、この家の庭で撮影されたものだと分かりました。裏面には「一九四一年五月吉日。風船蔓家」と墨の文字。
晴れ着を身につけ居並ぶ面々の内、中段右脇に並ぶ少女を、シオンの指が示しました。
「この子」
そこには、紺色のセーラー服を身につけた黒髪の小柄な少女が写っていました。周囲の人々に比べて、明らかに肌が白いのがよく解ります。
思わず、わたしは顔を上げました。今の片隅に置かれた姿見に、わたしの呆然とした顔が映り込んでいました。
その顔は、写真のセーラー服の少女にそっくりでした。
「わたしに、よく似ています……」
「でしょ? この子、私のおばあちゃんの妹さんなんだって」
「その人は……」
「それがね、」
シオンがかすかに身を屈めて、声を潜めました。そのとき、
「ただいま~」という声と共に、玄関のガラス戸が引かれる音が響きました。シオンがパッと顔を上げて玄関を見やり、
「あれ? お母さん、早かったね」
シオンが声を上げました。「暑い暑い」と襟元を開けて仰ぎながら、四十代くらいの女性が居間に顔を見せました。
「あら。お友達?」
「あ、うん。そう」
「ピエリスと申します」
頭を下げたわたしに、シオンの母は笑顔を浮かべて「肌白くて綺麗ね〜うらやましいわ〜」とほがらかに言いました。
声の様子から、わたしが六十年前の写真に写っている少女とよく似ているということには思い至っていないのが分かりました。
居間から出て行こうとする母に、シオンがふと声を掛けました。
「あ。お母さん、おばあちゃんの妹さんの話って、なんか知らない?」
「妹さんって、どの妹さん? 本町のミーナおばさん?」
「いや、そうじゃなくて。若くて亡くなった人いたんでしょ?」
「あぁ、そういえばいたわね。あれでしょ。軍医さんと約束してた~ってやつ」
「……なにそれ?」
シオンが首を傾げます。わたしは黙って二人のやり取りに耳を傾けました。
「あれ? それが気になって聞いたんじゃないの? ほら、アレよ。その子昔から身体弱くて、でも魔女の才能があるっていうから軍の病院だかにお世話になってたらしいんだけど。実はそこの軍医さんとこっそり付き合ってたとかで」
「えっ?」
シオンが頬を赤くして、わたしを見つめました。わたしを見られても困るのですが。
「そ、それでどうなったの?」
「どうって、結局その子は若くして亡くなっちゃったんだけど、亡くなる前に軍医さんと約束してたらしいのよ」
「何を? あ。け、結婚とか!?」
シオンが期待と不安を滲ませた声を上げました。
対してシオンの母は、「あたしも最初はそう思ったんだけどね、違うのよ」と、眉を寄せたすこし悲しげな表情を浮かべ、こう続けました。
「その子、自分が死んだら軍に献体するって決めてたらしいのよ」
え、とシオンが息を呑む。わたしも思わず耳を疑いました。
献体、つまり遺体を医学や科学の発展のために提供すること……。
「じゃあ、遺体は軍が引き取ったってこと?」
シオンの母がゆっくりと頷きました。
「だから亡くなった後もご遺体は帰ってこなくて、ウチのお墓にその子は入ってないんだって」
◆ ◆ ◆
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