二章

第17話 思い出 6

          ◆     ◆     ◆


 わたしがシオンと同じ教室で過ごすようになってから一週間ほどが経過しました。

 学校では、卒業一ヶ月前に転入してきたわたしのことが噂になっていました。


「だからって、あんな噂」


 シオンは原付のシートに横座りして、パックのトマトジュースを握りつぶすように飲み干しました。


「わたしは気にしませんが」

「私は気にするの」


 ぴしゃり、とシオンが言いました。それほど気にするようなものでしょうか。わたしには、ただの与太話にしか聞こえませんでしたが。


 『ピエリスは六十年前に軍の人体実験で殺された魔女の亡霊だ』


 というのが、当時この学校でまことしやかに囁かれる都市伝説の概要でした。 

 なんでも……


 古い卒業アルバムに私そっくりの少女の姿が映っていた(らしい)。

 そしてその少女は魔女だった(らしい)。

 ちょうど六十年前に軍の人体実験に供され無念の死を遂げた(らしい)。

 この奇妙なタイミングでピエリスが現れたのは、自分を殺した軍に復讐するためだ。


 何をどうやったらその理屈が成り立つのかわたしには解りませんでしたが、噂を語る生徒たちの間ではすっかりわたしはあの世から怨みを背負って蘇った魔女ということになっていました。

 生徒の中には熱心なのか面白半分なのか、わたしに真相を尋ねてくる者までいました。もちろん、彼らの言い分は理路整然と(でっち上げられた偽の経歴を使って)論破しましたが。

 それでも噂が消える気配は見えず、むしろ日を追う毎に加熱しているようにも見えました。


「みんな節操なさすぎ。ずけずけ訊きすぎ」


 シオンはむくれ顔で愚痴っていましたが、不意にわたしを見つめて、声を潜めました。


「……ほんとうに、ちがうよね?」

「違います」


 わたしが首を横に振ると、シオンはそっと息を吐いて「そう、だよね」と呟きました。

 空になった紙パックを指先で折り曲げながら、シオンは視線を足下に彷徨わせていました。


「どうかしましたか?」

「あのね、実は……」

「はい」

「ウチのおばあちゃんの妹さんなの」

「はい?」


 彼女の発言の意味を掴み損ねて、わたしは首を傾げました。

 シオンは周囲をサッと見渡してひと気がないことを確認すると、わたしの耳元に顔を寄せてこう言ったのでした。


「ピエリスそっくりな人が写った昔の写真、私の家にあるの」


          ◆     ◆     ◆

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