第9話 馬乗り
濡れた髪を夜風にさらしながら校門をくぐる。
「で、今日もベッドにぐるぐる巻きで寝ればいいわけ?」
「いえ。こちらへ」
アセビの軽口を無視して、ピエリスはアセビが最初に目覚めた建物の三階へ案内した。
アセビが鉄格子をぶち破った部屋と反対側の端、廊下に段ボールが幾つも積まれている部屋の前で、ピエリスが立ち止まった。
「今日からこの部屋を使ってください」
ドアを開けると、最初に軟禁された部屋よりも広く、家具も多い。
勉強机とクローゼット、奥の方にはベッド。ただし、家具は全て二組ずつで、壁沿いに左右対称に並んでいた。
「ふーん。ま、いいけど」
どちらのベッドを使おうかと悩むアセビの背後で布擦れの音がした。振り返ったアセビの口から思わず上ずった声が出た。
「ちょ!? ななっ、何してんのっ!?」
「着替えですが」
ホックを外してスカートを脱いだピエリスが、小首を傾げる。そんなの見れば解る。
「あんたさぁ! 唐突に脱ぐのやめてくんない!?」
どうやらピエリスには人前で服を脱ぐことに対する羞恥心がないらしい。
一人赤面するアセビを放置して、ピエリスがクローゼットを開く。脱いだ制服をハンガーに掛けて、畳まれたジャージを取り出して着替え始める。
「……ひょっとして、ここあんたの部屋なの?」
「今日からはアセビの部屋でもありますが」
「ここに住む気はないっての! というかなんであんたと同室なのよっ!」
「監視が楽だからです」
吠えるアセビを無視して、ジャージに着替えたピエリスは反対側のクローゼットから新しいジャージを取りだしてアセビに手渡した。
「寝間着に使ってください」
ビニールに包まれたジャージをアセビは受け取る。きちんとクリーニングされて、パジャマにすればさぞ気持ち良く眠れることだろう。
「……どーも」
眉間にシワを寄せた顔でジャージに着替えて、アセビはベッドに腰を下ろす。
シーツは清潔で、マットレスのスプリングもしっかりしている。部屋を見渡してみると、綺麗に掃除されていて、床には埃一つない。
「ひょっとして、わざわざ掃除してくれたの?」
廊下に出されていた段ボールを思い出して、訊ねる。ピエリスの紫色の瞳がパチリ、と瞬きする。
「わざわざ、ではありません。同居人ができたのなら、綺麗にするのは当然です」
「……意外と気が利くじゃない」
アセビはごろんとベッドに倒れ込む。
朝から脱走に失敗したり延々草むしりに付き合わされたりしたところに温泉の効果が合わさって、猛烈な眠気に襲われる。
天井をぼぅっと見つめていると、じわじわと瞼が下りてくる。
そのとき、ベッドがアセビ以外の体重にギシリと軋んだ。
「……ぅえっ?」
まどろみ掛けた目を開けると、アセビの目と鼻の先にピエリスの顔があった。
「えぇっ!? ちょ、え? な、なにすんの、よ……っ?」
アセビのお腹の上に、ピエリスが馬乗りになっている。
ジャージ越しに、ピエリスの体温と身体の柔らかさがじんわりと伝わってくる。その生々しい質感に、アセビは身動きが取れなくなった。
ピエリスに両手を掴まれる。
振り払おうにも、力の差がありすぎてどうにもならない。ピエリスの顔がゆっくりと近づいてくる。アセビは瞬きもできずに、ピエリスの顔を見つめた。
(なになになに!? いきなりなに!? わ、睫毛なが。肌綺麗すぎでしょ。ちょ、顔が良すぎて圧がヤバい!? めっちゃ良い匂いする……はっ!? 何考えてんだあたし!?)
疲労と眠気で簡単にパニックに陥ったアセビが混乱していると、
ガチャン、ギチチ……
鉄の冷たさが、手首にまとわりついた。
「……は?」
首を捻って枕元を見ると、アセビの手首とベッドのフレームが手錠で繋がれていた。
アセビの上からピエリスがひょいと退く。
「念のため、拘束させてもらいます」
「先に言えッ!!」
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