08 ふたりでモノづくり
アラウグマの手もみ洗いは人間の僕やウサギさんよりもずっとキレイな洗い上がりで、パカパカ毛はピカピカになる。
しかもなぜかすぐに乾いてフワフワに仕上がり、まるでわたがしみたいになった。
僕は特区の動物のすごさを改めて思い知る。彼らのする作業は人間のプロどころか機械も顔負けだ。
地球の動物も人間に使役されたりしてるけど、その成果は比較にもならないと思う。
だからといって、地球の動物が劣っているとはぜんぜん思わない。
僕にとっては、どっちも大好きな生き物だ。
僕らは10倍くらいに膨らんだパカパカ毛を小屋の前に持って帰り、いよいよ本格的な作業を開始する。
しかし反物を手にしたところで、大変なことに気づいた。
「あ、しまった。針と糸が無かったんだ。ああ、せっかく材料が揃ったのに、道具が無いなんて……」
「あの……なにを作る……んですか……?」
「小屋の中にクッションとか敷物を置こうかと思って。いまは何もないから、寝転がると痛いんだ」
「あの……それなら……わたしが……作っても……いい……ですか……?」
「えっ、いいの? そっか、ウサギさんは裁縫が得意なんだ」
「あ……いえ……得意という……わけでは……ちょっと……できる……だけです……」
「ならお願いしようかな、僕は大工とかなら得意なんだけど、裁縫は苦手なんだ」
「あ……はい……」
というわけで裁縫のほうはウサギさんに任せることにして、その間、僕は家のほうをさらにワーアップさせることにした。
まだ扉がないので扉を付ける。蝶番は無いので、棒を支柱にして開閉できるようにした。
次は、壁に窓枠用の四角い穴を開ける。
あとはガラスをはめれば完成なんだけど、ガラスは手作りするのは無理なので、今度地球から持ってこよう。
僕が日曜大工が好きなように、ウサギさんは裁縫が本当に好きみたいだった。
彼女は親とはぐれた子鹿みたいだったんだけど、針と糸とでちくちくやっている間は母鹿のように落ち着いた雰囲気になっていた。
白魚みたいな指が泳ぐように動いて、あっという間に縫い上がっていく。
その流れるような動作は、まるで楽器を演奏しているみたいだった。
だいぶ暗くなってきたので僕はライターでミドリンゴの枝に着火して、ウサギさんの近くにキャンプファイヤーを作る。
ウサギさんはかなり集中しているのか、僕にも火にも目もくれずに次々とクッションを量産していた。
そろそろお腹も空く頃なんじゃないかなと思い、僕はこの前と同じように鉄板を使って【焼きツルポテト】と【焼きミドリンゴ】をこしらえる。
やがて最後の大物であるカーペットを仕上げたウサギさんは、「ほぅ……」と満足げなため息をついていた。
「いつもは……まわりが気になって……あんまり進まないんですけど……今日は……たくさんできました……」
同時にきゅうとお腹が鳴って、ウサギさんは焚火に照らされた顔をさらに赤くする。
「ありがとう、お疲れ様! お腹が空いたでしょ? ごはんにしよう!」
「あ……はい……でも……いいんですか……?」
「もちろん! みんなといっしょに食べようよ!」
「はい……ありがとう……ございます……」
僕はウサギさんと、そして動物たちと焚火を囲んで晩ごはんにする。
葉っぱの皿にのせた山盛りのツルポテトとミドリンゴをウサギさんの前に置くと、彼女はタラリと汗を流す。
おそるおそるもひと口食べてくれたんだけど、口を手で押さえて驚いていた。
「これは……なんていう……お料理……なんですか……?」
「料理ってほどのものじゃないよ。ツルポテトっていうイモと、ミドリンゴっていう果物を焼いただけのものだよ。もしかして、おいしくなかった?」
するとウサギさんは「あっ、いいえ……!」と前髪を振り乱すほどに首をぶんぶん左右に振った。
「すごく……おいしい……です……こんなに……おいしいもの……はじめて……食べました……」
「あはは、おおげさだなぁ。って言いたいところなんだけど、僕も最初に食べた時はびっくりしたよ」
「そうなんですね……あの……あなたは……いつも……ここに……いるんですか……?」
「うん。って言いたいところなんだけど、一昨日ここに来たばかりなんだ。これからこの土地を、動物たちといっしょに開拓していこうと思ってるんだ」
「そう……なんですか……」
「はーっ、おなかいっぱい! ごちそーさま! さーて、ウサギさんの作ってくれた敷物を家に入れてみようかな!」
ウサギさんお手製のキルト編みのカーペットはカラフルで、白一色だけだった小屋の中が一気に華やかになる。
室内は3メートル四方の広さがあるんだけど、サイズもピッタリ。
さっそく動物たちといっしょに寝転がってゴロンゴロンしてみた。
「ああっ、ふっかふかで気持ちいいーっ! まるで雲も上にいるみたい! ウサギさんもおいでよ!」
「あっ……はい……でも、いいんですか?」
「いいに決まってるでしょ! ウサギさんが作ってくれたんだから!」
小屋の外から見ていたウサギさんに手招きすると、彼女は「おじゃまします……」とぺこっと頭を下げ、靴を脱いできちんと揃えてから部屋にあがってきた。
前々から思ってたんだけど、ウサギさんはすごくお行儀がいい。仕草も上品だから、いいとこのお嬢様みたい。
そしていつも遠慮がちで、せっかく入ってきたというのに入口のところでちょこんと正座するのみだった。
「もう、そんなにかしこまらないで! もっとこっちに来て、いっしょに寝ようよ!」
「あ……はい……あ……いいえ……わたしは……ここで……」
「どうして? すごく気持ちいいのに!」
「あ……でも……よそさまのお家で……横になったりするのは……お行儀が……」
その一言に、僕のなかで【ウサギさんお嬢様説】がいっそう強くなった。
そしていつもの僕ならここで引き下がるんだけど、いまだけは勇気を振り絞った。
学校では恥ずかしくて声を掛けることもできないけど、ここなら誰もいない。
このチャンスを逃したら、もう二度と仲良くなれないような気がしたから。
「気にしない気にしない! だって、ここじゃ誰も見てないんだから! よーしみんな、今度こそウサギさんをモコフワにしちゃえ!」
するとまたしても動物たちは勘違いして、僕に飛びかかってきた。
僕はあっという間にモコフワに埋もれてしまう。
「うわっぷ!? だから違うって! 僕じゃなくてウサギさんだって言ってるでしょ!?」
もみくちゃにされる僕を前に、ウサギさんは両手で顔を覆っていた。
僕の有様を嘆いているわけじゃないみたいで、笑いをこらえるように肩を振るわせている。
もしかしてこのネタって、ウサギさん的にはツボだったりするんだろうか。
僕は、清水の舞台から飛び降りるような気持ちで動く。
ただ手を伸ばすだけのことだったんだけど、一世一代の勇気を振り絞って。
「もう! こうなったらウサギさんも巻き添えだーっ!」
僕はウサギさんの手を掴んで引っ張った。
ウサギさんは「きゃ」と小さな悲鳴とともに僕のほうに倒れこんできて、そのままモフモフの嵐に取り込まれる。
よってたかって顔をペロペロされて、ウサギさんの顔がほころんだ。
「えっ……あっ……わっ……くすぐった……! うふっ……うふふふふっ!」
それだけで僕の心は急上昇、清水寺の屋根よりも高く舞い上がる。
「ねっ、気持ちいいでしょ? あはっ、あはははっ! あははははっ!」
それからしばらくの間、僕らは笑いあった。
まるで京都の雲の上を飛んでいるような、最高の気分で。
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