07 パカパカとアラウグマ

「ウサギさんは、動物が好きなんだよね」


「あっ……は……はい……」


 こうしてウサギさんの声を聞くのは実に小学生ぶり。蚊が力を合わせて鈴を転がしたような、弱々しいけどかわいい声だった。

 しかし彼女は急にビクッとして、ネコックを抱きしめながら後ずさりはじめる。


「あっ……あの……あなたは、どなたですか……?」


 警戒心ありありのその一言は、ちょっとショックだった。


「あ、そっか……クラスが違うから知らなくても無理はないよね。僕は同じ学年の……」


 するとウサギさんは「あっ」と、わっと開けた口を手で覆っていた。


「ご、ごめんなさい……マスクを……してるので……気づきません……でした……ごめんなさい……ごめんなさい……」


 あ、そっか、僕の顔にはスライムがフェイスマスクみたいに貼り付いてるんだった。

 ウサギさんは僕が何者かわかったような素振りをしてるけど、本当なんだろうか。別人と勘違いしてるんじゃ……?

 でもぺこぺこ頭を下げる彼女を前に、それを言い出すのは気が引けた。

 僕は「えーっと」と言葉を選ぶ。


「そんなに謝らなくてもいいよ。それより、ウサギさんはどうしてここに?」


「あっ、はい……王都のほうで……お裁縫のための……布を……買っていたんですけど……」


 ウサギさんが視線を移した先には大きめのショルダーバッグが落ちていて、バッグからあふれんばかりに反物がはみ出していた。かなり買い込んだようだ。


「お店を……出たら……急に……まぶしくなって……それで……気がついたらここに……」


 ウサギさんはキツネにつままれたようだったけど、僕には思い当たるフシがあった。

 転送の時にウサギさんのことを考えていたせいで、彼女はいまここに……?


 でもそれを言ったら間違いなく気持ち悪がられると思ったので、とぼけることにした。


「へ……へぇ、不思議なこともあるもんだね。ま、まぁせっかく来たんだったら、のんびりしていきなよ」


「え……? でも……あの……ここは……どこなんですか……?」


「ここはね、モコフワ領だよ」


「も……モコフワ領……?」


 その名前の由来は、説明するまでもなさそう。ウサギさんは僕の後ろにずらっと並んだ動物たちを見て、よりいっそう頬を染めていたから。


「うわぁ、かわいい……」


 ウサギさんはここに来てからずっと不安げにしているけど、動物を見ている時だけは表情が和らぐ。

 僕はウサギさんの笑顔が見たくなって、彼女を指さした。


「よぉーし、じゃあみんな、挨拶がわりにウサギさんをモコフワにしてあげて!」


 すると動物たちは何を勘違いしたのか、僕に飛びかかってきた。

 僕はあっという間にモコフワに埋もれてしまう。


「うわっぷ!? ち、違うよ! 僕じゃなくてウサギさん! あっち、あっちに行って!」


 しかし動物たちは興奮していてまったく言うことを聞いてくれない。

 僕はとうとう押し倒されて、顔をベロベロ舐められてしまった。


「ちょ、やめて! くすぐったいよ! あはははっ、あはははははっ!」


 違う違う、僕が笑ってどうするんだ。

 なんて思ったけど、もみくちゃにされる僕を見てウサギさんもくすくす笑っている。

 手で口を押さえ、すくめた肩を小刻みに振るわせるその仕草は想像以上のかわいさだった。


「やった! あははっ! ウサギさん、面白い? ねぇみんな、ウサギさんが面白いって!」


「ピーッ!」「コラーッ!」「うにゃーっ!」「パカーッ!」


「えっ、いまのは……? うわあっ!?」


 耳慣れない鳴き声が混ざったかと思うと、僕の身体はみんなといっしょに宙を舞っていた。

 うつぶせになって倒れ込むと、最高級のベッドみたいな柔らかい感触に受け止められる。

 なにごとかと思って顔を上げると、僕はアルパカみたいな動物の背中に乗っていた。


「き……キミ、誰っ!?」


「パカー!」


 身体を起こして長い首にしがみつくと、腕輪のウインドウが目に入った。



 【パカパカ】 レベル1 背中に人や物を乗せて運べる。



「キミ、パカパカっていうんだ!」


「「パカー!」」


 パカパカは2匹いて、ウサギさんのところにもいた。

 僕が乗っているのが水色で、ウサギさんが撫でているのがピンク色の体毛をしている。


 ウサギさんはパカパカとしばらく戯れたあと、うずうずした様子で僕を見た。


「あ……あの……ごめんなさい……この子の毛……刈ってもいいですか……? 前が……見えにくそうに……しているので……」


 いきなり動物の毛を刈りたいと言い出すウサギさん。僕は思わず面食らってしまう。


「え? あ、うん、別にいいけど、毛を刈る道具なんて……」


「あ……わたし……持ってます……」


 ウサギさんは反物が入っていたショルダーバッグからバリカンを取りだす。

 バリカンをあてがわれたパカパカは嫌がる様子もなく、トリミングされて気持ちよさそうにしていた。


「ウサギさん、バリカンなんて持ち歩いてるんだ」


「あ……はい……わたし……あ……いえ……なんでもないです……」


 ウサギさんはなにかを言おうとして、ごにょごにょ口ごもった。

 なにを言おうとしたのか気になるけど、追求したら雰囲気が台無しになりそうだったので、僕は黙って毛刈りを眺める。


 パカパカは顔だけじゃなくて、身体の毛も刈ってほしいとウサギさんにせがんでいた。

 そして小一時間後、ウサギさんの足元には水色とピンクの毛が山盛りになる。


「羊毛……いや、パカパカ毛が、こんなにたくさん……」


 僕はこういうのを見ると、なにかに使えないかと考えてしまう。

 ふと、あることを思いついた。


「そうだウサギさん、裁縫用の布を売ってくれないかな? お金は日本に帰った時に払うから」


「あ……はい……どうぞ……」


 ウサギさんはショルダーバッグの中にあった反物をあっさり僕に譲ってくれた。


「ありがとう! よーし、さっそく作ってみよう!」


 僕は反物をいったん置いておいて、パカパカ毛を抱えあげて池まで運ぶ。

 動物たちも僕のマネをしていっしょになって運んでくれて、あとウサギさんも手伝ってくれた。


 池のほとりでパカパカ毛を手もみ洗いする。動物たちは池をぐるりと取り囲み、僕のしていることを不思議そうに観察していた。

 やがて、ウサギさんがおずおずと言う。


「あの……わたしも……洗い……ましょうか……?」


「いいの? じゃ、お願い!」


 ウサギさんと並んでパカパカ毛を洗う。それだけのことなのに、僕はかつてないほどのときめきを感じていた。


 ああっ……! ウサギさんといっしょにモノづくりができる日がくるなんて……! まるで、夢みたいだ……!


 池の水面に映る僕の顔はすっかり赤くなっていたけど、西陽を浴びていたおかげでバレずにすんだ。

 恥ずかしくてウサギさんの顔をまともに見られなかったので、次に洗う毛を手探りで取ろうとしたんだけど、ふと手と手が触れあう。

 それだけで、僕の心臓は口から飛びだしそうになった。


 ええっ……!? これはもしかして、ウサギさんの手……! ああっ、ちっちゃくてかわいい……!


 よく恋愛ものの漫画やゲームとかで、図書館で同じ本を取ろうとして手が触れ合って、そこから恋が始まるというシュチュエーションがある。

 でもそんなことが起こるのは、空想の世界だけだと思っていた。


 まさか……僕にもこんなドラマチックなイベントがあるなんて……!


 ウサギさんは毛をぐいぐい引っ張ってきて、見かけによらず強引だった。


 でも、そんなギャップも魅力的……!


 なんて思いながら顔を向けるとそこにいたのは憧れの君ではなく、アライグマそっくりの動物。

 僕とウサギさんの間にいつのまにか割り込んで、僕と毛の綱引きしている。


「だ……誰、キミっ!?」


 目が合うと、その子は小さな子供がせがむような鳴き声で言った。


「アラウー!」


「洗う? あっ、そっか、キミは洗うの手伝いにきてくれたんだね」


「アラウー!」


 掴んでいた毛をパッと離すと、その子は毛を池に浸してじゃぶじゃぶしはじめた。


 ウサギさんもアライグマの存在に気づき、微笑みながらその子の頭を撫でている。

 僕もいっしょになって撫でようかと思ったけど、もし手が触れたりしたら気まずいので、しましま模様のしっぽにそっと手をかざすだけにしておいた。



 【アラウグマ】 レベル1 手もみ洗いができる。

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