06 憧れの女子が僕の領地に!?
いつもの僕だったらその配信者がうらやましくて悶絶してたと思うんだけど、いまはなんとも思わない。
だって、
世間の流行には流されない男、それが僕……!
なんてひとりで悦に浸ってたんだけど、僕以上に我が道をゆく人物がいた。
窓から見下ろせる校庭の隅っこ、木陰のベンチにひとりで座っている女の子。
ヒザの上にはネコが3匹も乗っていて、頭や肩にはハトが乗ってるんだけど、嫌な顔ひとつせずに撫でてあげている。
彼女の名前は【
同学年なんだけどクラスは違う彼女に、僕は恋をしていた。
キッカケは小学生の頃、僕のせいで飼育小屋にいたウサギがぜんぶ逃げてしまい、それを探していた時のこと。
ウサギといっしょに、彼女を見つけたんだ。
彼女は小柄で目立たず、服装は誰よりも地味。腰に届くほどのロングヘアで、前髪も長くて目が隠れていて、誰も彼女の瞳を見たことがなかった。
その容姿からもわかるように、彼女は学校でいちばん存在感のない子だった。
でも、スポットライトのような木漏れ日に照らされ、ウサギたちを抱き上げ微笑む彼女は本当にかわいかった。
天使が舞い降りたのかと思って、しばらく見とれてしまったほどに。
「あ……あの……」
思い切って声を掛けてみたんだけど、
「ご……ごめんなさいっ」
彼女は風に揺れる木々の音にすらかき消されそうなほどの小さな声でそう言って、ウサギたちとともに僕の前から脱兎のごとく逃げていった。
……これが僕と彼女の初めてにして、唯一のコンタクト。
それから僕は彼女のことが忘れられず、気がついたら目で追うようになっていた。
心の中だけで彼女のことを【ウサギさん】と呼びながら。
ちなみに逃げたウサギはそのあとどうなったかというと、放課後にはみんな何事もなかったかのように飼育小屋に戻っていた。
たぶん、ウサギさんが戻してくれたんだと思う。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
初恋の話はさておき、僕は放課後のチャイムと同時に教室を飛びだしていた。
マラソン大会でもこんなに真剣に走ったことはないというくらいに必死に走り、家に戻ると通学用のリュックサックを背負ったまま台所に飛び込んだ。
「母さん! このお菓子と缶詰とカップラーメン、もらっていい!?」
「いいけど、そんなにたくさんどうするの?」
「みんなで食べるんだ! 特区にいってきまーす!」
食料をたっぷり詰め込んだリュックサックを背負い、駅前の特区ステーションへ。
早く早くと足踏みしながら保安検査を受ける僕の前に、受付のお姉さんがやってきた。
「こんにちは、モコオさん。今日もモコフワ領に行くんですね」
僕はこのとき、一刻も早くモコフワ領に行きたくて気づいていなかった。
僕の独り言でしかなかったモコフワ領の名前を、なぜお姉さんが知っているのかを。
「そうだ、ひとついいことを教えてあげましょう。転送の時に、好きな人のことを考えるといいですよ。そうすると、その人といっしょになれるんです」
僕は、お姉さんはおまじないを教えてくれてるんだと思った。
適当に相槌を打ったんだけど、なぜかその話が忘れられず、転送のときになんとなくウサギさんのことを思い浮かべてみた。
ウサギさんといっしょにモコフワ領で遊べたら、きっと楽しいだろうなぁ……なんてね。
ちょっとニヤニヤしながらモコフワ領に出ると、最初に感じたのは口元にスライムの感触。
えっ、また? と思ってしまったけど、前回で慣れたのでもう慌てたりしない。
「きゃ」
そして絹をそっと破いたような、悲鳴っぽいのにどこまでも控えめな声。
「また新しい子が来てくれたのかな? 今度の子はいちだんと変わった鳴き声だなぁ、どれどれ……」
と足元に視線をやる。驚かせないようにするつもりだったんだけど、僕のほうが「うわっ!?」と叫んでしまった。
オレンジ色の空の下、ひっくり返るように倒れていたのは動物じゃなくて、なんと人間。
目どころか鼻も見えるかどうか危ういほどに長い前髪、赤ら顔の頬、アワアワしている口。
見慣れぬ白いダッフルコートみたいなのを着てるけど、間違いない。
「う……ウサギさん!? どうしてここに!?」
声を掛けた途端にウサギさんは四つ足のまま背を向け、「ご、ごめんなさいっ」と聞き覚えのある一言とともに逃げだそうとする。
しかしすぐ後ろは東屋。石の柱にゴチンと頭をぶつけてしまい、後ろにコロリンとひっくり返っていた。
「大丈夫、ウサギさん!?」
ウサギさんは前髪で目が隠れているけど、この時ばかりは目を回しているのがわかった。
頭におおきなタンコブができている。
「う……うう……ご……ごめんな……さい……」
「こんな時まで謝らなくてもいいよ! それよりこのケガ、なんとかしないと! あ、そうだ、たしかばんそうこうがあったはず!」
急いで小屋へと向かう。小屋の様子は変わっておらず、まわりで動物たちが遊んでいた。
僕を見るなり、みんな嬉しそうに走り寄ってくる。
「「「「「「「「「「ピィーッ!!」」」」」」」」」」「「「「「「「「「「コラーッ!!」」」」」」」」」」
たった1日留守にしてただけなのに、すごい歓迎っぷりだった。
あ、そうか、僕にとっては1日だけど、こっちのみんなにとっては4日ぶりとかになるのかな。
「ごめんね、みんな! あとで遊んであげるから、いまはちょっと通して! ケガ人がいるんだ!」
しかしみんな興奮していて聞いてくれない。僕の前でゴロンと寝転がったり、僕の足の間を8の字でグルグル回ってまとわりついてくる。
僕は間違って踏んづけないように注意しながら小屋に入り、ずた袋の中からばんそうこうを取りだした。
ウサギさんのところに戻ってみたんだけど、なぜかネコックがウサギさんのタンコブの上で香箱を組んでいて、ゴロゴロ喉を鳴らしていた。
「ちょ、ネコック、なにやってるの!? そんなことしちゃダメだよ!」
僕は慌ててウサギさんの顔からネコックを引き剥がしたんだけど、さっきまであったはずのタンコブがキレイに無くなっていた。
ネコックを抱っこした拍子に、腕輪のウインドウが現れる。
【ネコック】 レベル2 喉を鳴らすことにより、打撲系の傷を癒やせる。
「え……? レベルアップしてる……? もしかして、ウサギさんのたんこぶを治してくれたの?」
するとネコックは「にゃっにゃっ!」と抗議するように鳴いた。
「ごめんごめん。まさかこんな能力があったなんて……」
「わぁ、かわいい……」
起き上がったウサギさんはネコックを見て、華やいだ声をあげる。
抱っこしたそうにしていたので渡してあげると、おずおずしながら、しかし嬉しそうに受け取ってくれた。
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