05 クラスでウワサの配信者

「コォーーーーーケッカッコォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!」


「うわあっ!?」


 鼓膜どころか脳まで揺さぶられるくらいの大きな鳴き声に、僕は飛び起きた。

 いっしょに寝ていた子たちもびっくりして、バネ仕掛けのオモチャみたいにビヨヨンと飛びあがっていた。


 扉のない玄関のほうを見ると、差し込む光の向こうに小さなシルエットが。

 しょぼしょぼする目をこすりながら四つん這いで近づいてみると、灰色のニワトリみたいなのがいた。

 家の中に入ってきて、コッコッと鳴きながら歩きまわっている。


「キミ、誰……?」



 【コケカッコウ】 レベル1 正確な体内時計を持ち、寝ている人間を起こす。



「あ……起こしてくれたんだね、ありがとう……」


 寝ぼけ眼をこすりながらお礼を言うと、「コケカッコウ!」と元気な鳴き声が返ってくる。

 外に出て背伸びをすると、身体じゅうがボキボキ鳴った。


「ああ……よく寝たぁ……! こんなに寝たのは久しぶりかも。寝すぎて頭がボーッとしてるし、木の床にじかに寝たからあちこち痛いや……」


 陽もだいぶ登っている。というか、もうてっぺんといっていい高さのような……。


 いま何時だろうと思って腕輪で時間を確認してみる。

 そこには【アストルテア時間:11時50分】【日本時間:19時50分】とあった。


「ええっ、日本はもう夜なの!? ね……寝過ぎちゃったぁーーーーっ!?」


 こっちで朝早くに起きれば、日本のほうはまだ夕方くらいなので余裕だろうと思っていた。

 しかし完全に寝過ごしてしまい、門限まであと10分しかない。


 誕生会で父さんに言われたことが頭をよぎり、僕はゾッとした。


「まずい……! 門限破りなんかしたら、特区の許可を取り消されちゃう! なんとしても門限内に帰らなきゃ!」


 荷物をまとめてるヒマなんてないから、工具とかはぜんぶ小屋に置いていこう。


「みんな、僕はもう行く……うわっ!?」


 別れの挨拶をしようとした途端、ピーパーたちがまわりに殺到してきて僕の身体をよじ登る勢いでしがみついてきた。

 しかも帰るための行き先もわかっているのか、東屋までの道にはお腹を出したコラッコたちがゴロンゴロンしながら進路妨害している。

 ネコックとコケカッコウは、僕の顔に貼り付いて前が見えないようにしてきた。


 動物たちは違う種族とは思えないほど、息の合ったコンビーネションプレイで僕を帰らせまいとしている。


 インターネットの動画とかで、飼い主が仕事に行くのをジャマするペットの観たことがあるけど、それはすごく羨ましいことだと思っていた。

 でも体験して初めてわかった。こんなにも心が引き裂かれる思いになるなんて……!


 気づくと僕は、巣から落ちた雛鳥を育てて大きくなったところで山に返している人のような気持ちで叫んでいた。


「ご……ごめん、みんな! 僕はまた、必ず戻ってくるから! 明日は日曜だから……あ、いや、明日はひいじいちゃんの7回忌だった! だから、明後日……! 学校が終わったら、真っ先にみんなに会いに来るから! ぜったいに、ぜったいにだよ! だからごめん、本当にごめんっ!!」


 僕は涙とともに動物たちを振り払う。後ろから追いすがる悲痛な鳴き声に耳を塞ぎながら、東屋の魔法陣に飛び込んだ。

 身体を包んでいた光が晴れると、特区ステーションの【到着ロビー】というところに出ていた。


 そこから先のことはよく覚えていなくて、ひたすら取り乱していたような気がする。


「お……お願いです! 早くしてください! 8時までに家に帰らないと、大変なことになるんです!」


 到着の保安検査をするエルフの係員さんに半泣きで訴え、急いで検査をしてもらう。

 転がる勢いで特区ステーションを出ると、外は真っ暗。

 ネオンの輝く街はいつもとは違う雰囲気で、本当にいけないことをしたんだという気持ちがさらに強くなる。

 罪悪感に追い立てられるように、僕は全力疾走した。


「なんとしても、間に合ってみせる! だってみんなと約束したんだ! ぜったいに、また会いに来るって!」


 住宅街に入ると、背後から夜8時を告げるチャイムがかすかに聞こえてくる。

 もうそのとき僕は泣いていて、わぁわぁ叫びながら走っていた。


「や……やだよ……! もうみんなに会えなくなるなんて、やだっ! そんなの嫌だぁぁぁぁぁーーーーっ!!」


 帰りが遅いのを心配したのか、家の前には母さんが待っていた。

 倒れそうになりながらゴールした僕を母さんは抱きとめてくれて、何も言わずに頭を撫でてくれる。


 玄関扉をくぐると父さんが厳しい顔で仁王立ちしていて、僕はカミナリが落ちるのを覚悟した。


「駅前でぐうぜん会って、買物に付き合ってもらってたのよ。だから、怒らないでくださいね」


 びっくりして顔をあげると、母さんはいたずらっぽいウインクをくれる。

 父さんは「そ、そうか」とどこかホッとしたような表情で背を向け、ドスドスとリビングのほうへ歩いていった。


 ああ……。どうやら、みんなとの約束を破らないで済みそうだ……。

 そう思うと全身の力がすっかり抜けてしまい、僕はその場にへなへなと崩れ落ちてしまった。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 次の日はひいじいちゃんの7回忌で、朝早くから父さんの運転する車で田舎のじいちゃんの家まで行った。

 お墓の前でお坊さんにお経をあげてもらって、夜は親戚や近所の人たちが大勢集まって飲んで騒いでいた。

 僕は酔っ払いに絡まれながらごはんを食べてたんだけど、ひいじいちゃんの思い出話のなかで、例の土地の話が出てきた。


 ひいじいちゃんはいつかアストルテアに戻って、動物たちと暮らせる理想の領地を作るのが夢だったらしい。

 でも歳を取って身体の自由が効かなくなり、ひ孫である僕に土地を譲ると決めたという。


 なんで僕なんだろうと思ったんだけど、ひいじいちゃんと性格や体質がいちばん近いのが僕だったそうだ。

 べつに近くなくてもいいんじゃないかと思ったけど、でもその判断のおかげで僕は楽園に行けたので、この時ばかりはひいじちゃんの遺伝に感謝する。


 そして僕は、人知れず決意していた。

 ひいじいちゃんの意志を継いで、僕があの土地……モコフワ領を、動物たちの理想郷にしよう。って。


 それから僕の頭はますます、動物たちのことでいっぱいになっいった。

 週明けの月曜日、学校に行っても勉強そっちのけでモコフワ領のことばかり考えてしまう。


 授業中はもちろん休み時間も机に向かって、ノートにこれからの開発プランをしたためる。

 昼休みの時、ふとクラスの女子たちの話が耳に入ってきた。


「ねぇねぇ、アレ観た!?」


「もちろん! 昨日からずっと繰り返し観てるよ! っていうか、朝もニュースでやってたし! チャンネル登録者数5億人だって!」


「すごいよね、絶滅したはずの聖獣モフが本当にいるなんて! しかも、あんなにたくさん!」


「超かわいいよね! しかもすごい触り心地がいいみたい! 触って泣いてたし!」


「私も聖獣モフを生で見たら感動して泣いちゃうかも!」


「続きがマジで気になるよね! ああ、早く更新されないかなぁ!」


 いまに始まったことではないけど、クラスメイトは【トックチューブ】の動画に夢中らしい。

 トックチューブというのは特区専用の動画配信サイト。僕のスマホだとスペックが足りなくてうまく見られないので、父さんのパソコンで何度か観たことがある。


 そのトックチューブで新しい配信者が出てきたみたいで、【モフ】と呼ばれる聖獣を撫でる動画でバズったらしい。

 うちのクラスだけでなく学校じゅうがずっとその話題で持ちきりで、先生たちも夢中になっている始末だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る