04 みんなでおやすみ

 そこからみんなで力を合わせてツタを引きずって、ジャガイモを森の外まで運んだ。


「よーし! ここから先は、僕に任せて! みんなにおいしいジャガイモ料理をごちそうするよ!」


 期待のまなざしに囲まれながら、僕は準備に取りかかる。

 家の土台を作るために岩を削ったときに出た、あまりの石を積み上げて即席のカマドを作る。

 その中に折ったミドリンゴの枝を薪として入れて、火を付けた。


 特区の木は乾かさずに建材に使えるだけあって、枝もすぐに着火する。

 みんなは火を初めて見るのか、ちょっとおっかなびっくりしていた。


 僕はずだ袋の中から鉄板を取り出し、カマドの上に置く。この鉄板は工作にも調理にも使えるスグレモノだ。

 鉄板を熱している間にツルポテトをツタから切り離し、池の水できれいに洗った。


「僕は皮付きのジャガイモのほうが好きなんだけど、それでいい?」「ピィーッ!」「コラーッ!」


 みんなの賛同も得られたので、皮は剥かずにナイフでひと口大に切り分ける。

 あとはそれを、煙をあげている鉄板の上に乗せれば……。


 ……ジュゥゥゥゥゥゥゥーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!


 ツルポテトは鉄板の上で激しく踊り、いい匂いをあたりに振りまく。

 ツルポテトが焼ける匂いはジャガイモよりもずっと良くて、みんなは小鼻をヒクヒクさせている。

 中はもうヨダレを垂らしている子もいた。


「もう少しでできるから、ガマンしててね。あとは味付けを……って、なんにもないや。キャンプで使ってる調味料セットを持ってくれば良かったなぁ。まぁ、動物に塩とかよくないっていうから、味付けはナシでいっか」


 ツルポテトは火の通りが良い食材みたいで、すぐにこんがりとした焼き色がついた。


「よーし、【焼きツルポテト】の完成―っ! みんな、おまたせーっ!」


 森から採ってきた大きな葉っぱを皿がわりにして盛り付ける。

 ほくほくと湯気を立てるポテトに、みんなはもうガマンの限界のようだった。

 しかし野生の動物のはずなのに、みんなちゃんと「待て」ができている。


「さぁ、めしあがれ!」


 僕がそう言うと、ピーパーとコラッコは無言で焼きツルポテトに群がる。

 しかしすぐに「アヒュッ!?」と飛びあがっていた。


「あっ、ごめん、言い忘れてた! できたてで熱いから気をつけて!」


 僕は輪の外からフーフーしてあげながら、手を差し入れてツルポテトをつまみ食い。

 口元に運ぶと、フェイスガードになっていたスライムが察したように口のところに風穴を開けてくれる。


 スライムは身体の一部みたいにピッタリとフィットしていたので、いまのいままでくっついていることを忘れていた。

 それはさておきツルポテトの味は抜群で、口に入れた瞬間においしさに目を見開いてしまうほどだった。


「な……なにこれ!? なにも味付けしてないのに、ほんのり塩気がある!? しかもほっくほく!」


 みんなはあっという間に平らげておかわりを要求してきたので、僕ははりきってツルポテトを焼きまくる。

 僕はモノづくりの他にキャンプも趣味なんだけど、いつもひとりキャンプだった。


「知らなかった……! こうやって誰かといっしょに作業して、作った料理をいっしょに食べるのって、こんなに楽しいんだ……!」


 みんながおいしそうに食べている姿だけでおなかいっぱいになりそうだったけど、そういえばもうひとつ食べものがあったことを思い出す。


「あ、そういえばミドリンゴもあったんだ。こっちのお味はどうかな?」


 リンゴなら生でいけると思ってひとつ囓ってみたんだけど、固くて味が無くて最悪だった。


「ううっ、ダメだこりゃ、まるで石を食べてるみたい。たくさん採っちゃったのに、どうしよう……」


 またおかわりを要求されたので、ミドリンゴの使い途はあとで考えることにする。

 調理のためにカマドのほうに向かうと、見知らぬ動物の姿があった。

 それは二足歩行するネコみたいな子で、鉄板を使ってなにかを焼いている。

 ネコが料理をするなんてありえないんだけど、この森の動物には驚かされっぱなしだったのでもう慣れた。

 その子の後頭部にそっと手をかざしてみると、腕輪のウインドウが表示される。



 【ネコック】 レベル1 調理道具の使い、独自の料理を作る。



「キミ、ネコックっていうんだね」


 声を掛けるとネコックはビクッと振り返った。

 黒いタキシードを着ているみたいな柄をしていて、とってもかわいい。


「あっ、驚かせてごめんね。なにを焼いてるの?」


「にゃっ」


 ネコックはネコそのものの鳴き声を返す。

 鉄板を覗き込んでみると、そこには刻まれた緑の果物みたいなのがあった。


「なにこれ? あ、ミドリンゴを焼いてるんだ」


「にゃっ」


 ネコックは僕が使っていた菜箸を肉球の手で器用に使い、食べてみろとばかりに【焼きミドリンゴ】を差しだしてくる。


「味見しろって? じゃ、いただきます」


 ミドリンゴは生で食べたらマズかったので、味のほうはぜんぜん期待していなかったんだけど……。

 気づいたら目を剥いている僕がいた。


「おっ……おいしぃぃぃーーーーっ!? こってりとした甘さで、口の中に入れると溶けるみたいに柔らかい! 火を通すだけでこんなに変わるなんて!? す……すごい! すごいよネコック!」


「にゃっにゃっ」


 ドヤ顔を撫でてあげると、ネコックは嬉しそうに喉を鳴らす。


「よーし、じゃあカマドをもうひとつ作るから、いっしょに料理をしよう!」


「にゃーっ!」


 ネコックはバンザイしてめいっぱい両手を広げ、さらに肉球をパーにして全身で賛成してくれた。


 それで気づいたんだけど、この森の動物たちはお手伝いするのが好きみたいだ。

 いや、人間といっしょに作業をするのが好きみたい。


 なんでそう思ったかというと、お昼ごはんを食べたあとに再開した家づくりで、動物たちはひと仕事終えるたびに僕の足元にスリスリしてきて、撫でてあげると満足した様子で作業に戻っていくから。


 みんな、かわいくていっしょうけんめい。

 嫌なことなどなにひとつない、幸せしかない時間が流れていく。

 僕はこの夢をひと時でも長く感じていたいと思い、そのためならなんでもする気持ちになっていた。


 そして夕方になる頃に、ついに家が完成。

 最後の釘を僕が金槌で打ちつけた瞬間、みんなは大歓声をあげる。


「やったやった! やったーっ! ついに、ついに家ができたぞーっ!」


「ピーッ!」「コラーッ!」「にゃーん!」


 小屋みたいに簡素で小さいし、扉も窓もないけど、僕の作った初めての家。しかも白くてピッカピカ。

 その出来映えに大満足の僕らは、家に入るなり匠の家に入ったみたいにウットリした。


「はぁ……まさか、こんな素敵な家ができるなんて……」「ピーッ……」「コラー……」「にゃーん……」


 しばらくなにもない家の中で寝っ転がってたんだけど、玄関から抉るように差し込んでくるオレンジの光に目が痛くなる。

 外に出てみると、山の向こうに沈みゆく夕陽が見えた。


「あ……もう夕方かぁ。つい夢中になっちゃったけど、いま何時だろう?」


 ポケットからスマホを取りだして見てみると、まだ昼の2時だった。


「え? こんな夕暮れなのに2時? 壊れちゃったのかな?」


 僕のスマホは父さんのお下がりで、もう10年くらい前の古い型のやつ。

 最新のゲームとかできなくて、動画とかは辛うじて観られるんだけど遅いので、電話とメッセージのやりとりにしか使っていない。


「そうだ、たしか腕輪には時計の機能もあるんだった」


 腕輪に彫られた時計のマークに触れてみると、ウインドウが浮かび上がる。

 そこには【アストルテア時間:18時05分】【日本時間:14時05分】とあった。


「あ……わかったぞ、特区って地球と時間の流れの速さが違うんだった」


 季節とかにもよるらしいんだけど、特区は時間の流れが遅くて、特区で1日過ごしても地球では8時間くらいしか時間が経たないそうだ。

 いまや世界じゅうの人が特区を利用してるんだけど、そういうところに人気の理由があったりする。


 たとえば金曜日の夜に特区ステーションに行き、週末を特区で過ごす。

 週末の休みのを利用すれば、特区では1週間くらい過ごせるからだ。


 しかも特区ステーションからはアストルテアの各地に一瞬にして転送されるので、南の国に行けば真夏の海で泳げ、北の国に行けば雪山でスキーすることもできるという。

 地球の季節に関係なく、あらゆるバカンスが楽しめるんだ。


 僕は心のなかに、イケナイ気持ちがムクムクとわき上がってくるのを感じていた。


「そっか、そういうことなら……今日は、ここに泊まっちゃおうかな……」


 僕の門限は20時で、いままで一度だって破ったことはない。

 帰宅部だから学校が終わればすぐに家に帰って工場でなにか作るし、趣味のひとりキャンプも家の庭でやっている。


 そんな僕が、初めての外泊……!?


「でも、大丈夫かなぁ。ここって夜になると急に寒くなったり、怖いモンスターとか出たりしないよね?」


 みんなに尋ねてみたんだけど、もう寝てしまっていて返事はなかった。

 今日は一日じゅう作業をしてたから、みんな疲れたみたい。


 動物たちの安らかな寝顔。ムニャムニャ寝言、鼻ちょうちんを出してグッスリ。

 僕のまわりにいる子は寝ている間も僕にそばにいてほしいのか、腕や足にしっかりとしがみついている。

 重石のように、僕の身体の上で丸くなっている子もいた。


「ああ、そうか……これが、幸せの重さってやつなんだね……」


 これではもうどこにも行けないので、僕は覚悟を決めた。


「よし、今日はここに泊まろう。でも寝ると夢から醒めちゃいそうだから、できるだけ長いあいだ起きていよう。それにしても今日は、最高の一日だったなぁ……。この僕が、動物と仲良くなれるなんて……人生最高といってもいいかも……」


 モコモコでフワフワの感触に包まれながら今日の出来事を振り返っているうちに、少しずつ意識が遠くなっていく。


「未知の土地なんていうから魔境みたいなところかと思ったけど、素晴らしい土地じゃないか……。そうだ、この土地に名前を付けよう。そうだなぁ、【モコフワ領】ってのはどうかなぁ……」


 僕は心も身体も幸せに満たされながら、ゆっくりと眠りに落ちていった。

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