第2話:呪われたエルフさんを救います

「よし、火がついたな」


 ***


 この世界に降り立ったのは森と草原の間のような場所だった。見える範囲に村などはなさそうだ。日が暮れかけていたので、まずはき火を起こして野宿の準備をすることにした。


 今まで、焚き火なんて林間学校でしかやったことがない。しかも、用意された焚き木と、着火剤やガスバーナーといった文明の利器を使ってようやく火がついた。しかし、この世界に来た俺は本能的に枯れ枝や枯れ葉を集めて、背負っていたリュックの中に入っていた火打ち石(もちろん使うのは初めてだ)で着火することができた。


 俺の肉体は、転生前と変わらない18歳のようだ。どうやらこの世界において、18歳の青年が一般的に身につけているであろう知識や技能がインストールされているらしい。焚き木を集めるのに結構歩いたのだが、ほとんど疲れてもいない。体力が底上げされているらしいのは運動嫌いの俺にとってはありがたい。


 焚き火のそばに座って一息つく。分厚い革製のズボンのおかげで、地べたに座っても冷たくない。様々な道具の入ったリュック、厚手の布地で作られた上着、大きめのダガーナイフ、そしてブーツ。いかにも冒険者らしい「初期装備」もまた、女神様のサービスであるらしい。着の身着のまま放り出されることを覚悟したが、意外と面倒見が良いようだ。


 *


「誰だ!」


 人の気配を感じて、とっさに叫んだ。……日本語でも英語でもないこの世界の言葉で。


「ひっ……ごめんなさい、焚き火を見つけたので一緒に当たらせてくれないかなって」


 そして、その人影が発した言葉……いかつい鎧姿からは想像できないほどか細く高い声も、自然に聞き取って理解することができた。言語もインストールしてくれていたようだ。


「……敵意はないようだな。とりあえず、顔を見せてくれるか?」

「む、無理なんですよぉ。この兜、呪われちゃっててぇ……」


 呪われた装備は外すことができない。前にやったゲームでそういうのを見た気がする。わかりやすくて助かる。


「呪い?」

「はい、兜だけじゃないんです。鎧も、小手も、盾も、全部呪われて外せないんです」

「いったい、なんでまた?」

「鑑定に失敗しちゃったんですよぉ」


 前、親戚の兄ちゃんが遊んでいたゲームでそんなものがあった気がする。ダンジョンで見つけたアイテムは基本的に正体不明で、鑑定士のジョブに調べてもらう必要がある。その装備が呪われていた場合、運が悪いと強制的に装備されてしまうのだ。


「それで、全身呪いの装備まみれになったら、パーティを追放されちゃって……」


 ゲームでもそうだった。呪い装備まみれで使えなくなったキャラを「削除」して、新しいキャラを作り直したのだ。ゲームなら単なるデータなので罪悪感はなかったが、生身の人間で同じことをやるのは非道だ。なんとかして助けてやれないだろうか。


「仕方ないから故郷に戻って退魔師を頼ろうかと思っていたんですけれど、この格好だと野宿すらままならなくて」


 おろおろとした声でそう言うと、泣き出してしまった。どうやら若い女性のようだ。そうだ、俺の力で脱がせて……いや、助けることができるかも知れない!


「もしかしたら、装備を外せるかも知れない」

「え、あなたも退魔師なんですか?」

「そういうわけじゃないんだけど、装備を外すスキル? っていうのかな」


 どうやらこの世界にも魔法が存在するらしいことと、俺のスキルは魔法とは別物だという知識はインストールされている。とりあえず「スキル」で通じればそれでいいか。


「本当ですか? ぜひお願いします!」

「できるか確証はないけど、やってみるか。脱衣アンドレス!」


 俺は彼女の呪われた装備に狙いを定めて、キーワードを発動した。鎧や兜の隙間から光が漏れる。おそらく彼女自身が発光しているのだろう。次の瞬間には、鎧の留め具が外れて、黒い金属のパーツがぽろぽろと落ちていく。その下は、いかにも魔法使いらしいローブを着ていた。


「わぁ……」


 やがて兜が外れると、青いリボンで束ねられた彼女のつややかな金髪が解き放たれた。耳の先端は尖っており、これはエルフという種族であるようだ。


「すごい、ありがとうございます!」


 彼女は喜びを口にしたが、同時に戸惑っていた。どうやら体がうまく動かないようだ。


「えっ……」


 彼女は、おそらく自分の意志に反して両手を上げてバンザイのポーズをとった。そして、足元からローブがめくられていく。


「あ、ローブは呪われてないので大丈夫ですが……」

「すまない、止められないみたいだ」


 俺はあくまで呪われた装備だけを外すつもりだったのだが、止めることができない。どうやら《脱衣》というのは、特定の部位だけを脱がすのではなく、素っ裸にする能力であるらしい。


「あっ、嘘!?」


 ローブの下に着ていた肌着……スリップとかシュミーズとか言うやつも、容赦なく脱がされていく。この世界にはブラジャーはないのだろうか。あっても必要なさそうなほど平らな胸だが。


「やっ、見ないで……」


 ついに、最後の一枚であるドロワーズの紐が解けそうになったところで、俺はあわてて後ろを向いた。光は消え、どうやら《脱衣》の効果が完了したようだ。


 *


「……もう大丈夫です」


 彼女の声に振り返ると、改めてローブを着た彼女の姿があった。


「ごめん、まさかこんなことになるとは思わなかった」

「いいんです。おかげで呪いも解けたんですし」


 彼女は視線を合わそうとしない。年頃の女性が裸を見られてしまったのだから、当然だろう。


「それに、お礼もしなくちゃいけませんね」

「いいよ、今のは練習みたいなものだったんだから」

「といっても、私は一文無しなので、この体で払うしかありません」


 体で払う?! つまり、それって……。


「私を、あなたの仲間にしてください!」


 俺の期待は裏切られた。が、仲間ができること自体は心強い。


「ありがとう。俺、このあたりに来たばかりで何もわからなかったんだ」

「やったぁ!」


 彼女はぴょこんと飛び跳ねた。かわいい。


「それに、責任もとってもらわないといけませんし」


 小声でそうつぶやいたのが気になるが、とにかく世界に降り立ってからさっそく仲間ができたのは心強い。これからが冒険の始まりだ!

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