第2話

 目立つ埃を取り終えて職員室に戻ると、教頭に呼び出された。禿げあがった頭のせいで六十代後半に見えるが、実年齢は四十六歳だった。


「先ほど、細田君のお母さんから連絡があり、幸喜君が交通事故に遭って亡くなられたみたいなんです」

「え?」


 幸喜君ならついさっき間違えて教室に来てたんですよ。喉まで出かかった言葉が弁に弾かれるように体内に溶けていった。


「いつですか?」

「今朝方のようです。お母さん、パニックというか、冷静じゃないのかで話の内容を理解するのが難しかったんですが、おそらく、アプリで学級閉鎖を見たときにはすでに幸喜君が家から出てしまっていたらしいんです。分団の集合場所にもいなくて、通学路を早歩きで追いかけたら幸喜君がいたらしく、呼びかけたら戻ってきて、その拍子に轢かれたみたいです」


 つまり、私が幸喜君と話していた頃にはすでに交通事故に遭っていたということだ。私が見た幸喜君は何だったのだろうか。幽霊になっても学校に行きたかったのだろうか。


「葬儀の場所や日程はまたご連絡をいただけるそうです。立花先生は……」


 教頭が何やら言っているが、あのときの幸喜君の表情や振舞いを思い出すのに精いっぱいだった。幸喜君には悪いが悲しいより怖いが先行してしまう。


 葬儀には私のクラスは全員、隣のクラスからも幸喜君と仲の良かった子が七人ほど参列した。出入口には幸喜君のお母さんとお父さんが眉間に皺をよせ、ときに下唇を嚙みながら参列者が入ってくる度に深々とお辞儀している。


「細田さん」


 私は生徒を引き連れて幸喜君のお母さんに声をかけた。


「先生……。お忙しいなか、ありがとうございます……」


 お母さんは、お辞儀をしたまま、体を揺らし、手を口に当てていた。


「私が、もっと、ちゃんと、連絡、見てたら、幸喜は、こんなことに、ならなかったのに……」


 私の顔を見たことで、学校からの連絡ということを連想してしまい、自責の念に駆られてしまったのだろう。


「決してお母様の責任ではございません……」


 それ以外、どう言葉を書けて良いかわからなかった。それさえも正解ではない気がしたが、他に言葉が出てこない。もっと言うと内心、後回しにする癖をちょっとでも直していたらこんなことにはならなかったのかもしれない、と私自身も思ってしまっている。

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