学級閉鎖
佐々井 サイジ
第1話
窓を開けたわずかな隙間から、冷たい風が耳を切って教室に溶けていった。掃除をするために換気しようと窓を開けたが、予想以上の寒さに耐えられずにすぐに閉めた。脚はとうに冷え切っていて、もっと分厚いタイツを履いてくるべきだったと後悔した。
インフルエンザ感染で休んだ生徒が七人になり、私のクラスは学級閉鎖をせざるを得なくなった。今日から学級閉鎖で四日間はお休みになる。今後の授業の調整が大変で、いろんな先生に相談を仰いだ。
でも学級閉鎖は悪いことばかりではなかった。正直ここ最近、授業準備がギリギリになっていて、授業の解説も要領を得ないものになってしまっていた。授業が遅れてしまうことは痛いけど、授業準備で予習できることはありがたかった。
座りっぱなしで授業の予習を進めていたから、立ち上がったときに腰がじんじんと痛んだ。気分転換に教室の掃除をしようとしたところだった。誰も生徒がいないのに、教室には光を受けて埃が舞っているのが見える。机の脚や教室の隅、引き戸のレールには大気中のものとは異なる、濃い鼠色の埃があった。こういう時でないと発見できないゴミをほうきで掃いて捨てていった。
「先生」
わずかに心臓が縮んだ。今日は生徒がいないだけで先生と呼ばれるのは随分と久しぶりな気がした。振り向くと、受け持つクラスの細田幸喜くんがドアの前で突っ立っている。緑のダウンジャケットを着ているわりに七分丈のズボンといったいつもの格好だ。幸喜くんは真冬でも絶対に長ズボンを履かないポリシーを持っている。
それにしても今日は学級閉鎖していることを知らないのだろうか。だとしてもなぜ給食を過ぎた時間に来るのだろうか。
「どうしたの? 幸喜くん」
「え? 何が?」
「いや、今日はまだ学級閉鎖でお休みだよ」
そうなんだ、と言ったきり幸喜くんは身動きしなくなった。やはり保護者が学校から連絡を見ていないのだろうか。
昨年から学校は連絡アプリを導入して、暴風警報や大雪などで臨時休校する場合は電話からアプリへの連絡に移行していた。保護者には定期的にアプリをインストールしていただくようプリントでお伝えしてはいたものの、幸喜くんのお母さんは最後の最後にインストールした。幸喜くんがプリントを見せていなかったわけでなく、お母さんが後回しにしていたらしい。懇談も忘れることがあったので、面倒なことは後回しにするタイプなのだろうと思っていたが、さすがに子どもが間違えて登校してしまう状況は改善した方が良いのではないかと思った。
「じゃあ、さようなら」
「気をつけてね」
幸喜くんは何度も私を振り返りながら階段を下りていった。いつも友達といるときの幸喜くんは賑やかにしているので大人しい姿は新鮮だった。
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