第14話 『神在教』潜入レポ②
パチパチと、目の前で火が燃えている。
赤々とした炎が灯る鉄製の椀。それを一人一つ目の前に置き、十数人で円を作る。
神在教における瞑想、『
真っ白な衣服に身を包んだ十数名の大人が暗い講堂内で円を作り炎を凝視する。字面だけでも異様であるが実際に現場にいる者としては加えて不気味さまで感じている。
時刻は午後の7時を回ったところ。私と坂口くんは教主・真紀子様への謁見の後、教団施設を隅々まで案内され、なんとも味気ない夕食をいただいた末に今炎を眺めている。
「一体、
疲れ切った表情で隣の坂口くんが訪ねてくる。私はさあ、と首をかしげる。
かれこれ2時間近くは続く瞑想の時間。何をもって終了とするのか私にはさっぱり分からない。
「
私と坂口くんの間にひょこっと顔を出し微笑む女性。私達は驚いて体をのけぞらせる。よくよく見れば、それは今日この時間まで私達を案内してくれた信者の女性だった。
「ま、マコト、ってなんですか?」
「言葉通りの意味です。マコトとは真実。世界を遮る暗雲を払った先に見える、真世界のことですよ」
聞いたところでより一層分からない。私達は首をかしげる。彼女はそんな私達の様子を見て”大丈夫、すぐ分かります”、と言い残し円を作る他の信者の元へと行ってしまった。
意味は分からないながらに終わるまでとりあえずは炎を見つめておこうと言うことで、私と坂口くんはまた瞑想に戻った。
炎を見ながらこれまでの体験に思いを巡らす。実は私にはここに来て神在教の内情を知ったときからずっと思っていることがある。
”薄い”のである。何もかもが。施設全体の色の事を言っているワケではない。信者の女性が話す神在教の教え、施設の由来、信者の姿、そして現在進行形で行っている儀式じみた催し、その全てに具体性がない。あまりにも抽象的で意味も薄っぺらい戯れ言でしかない。加えて独創性も感じられない。新興宗教の場合、信者獲得の為に「意味ある奇をてらった行為」をすることがある。その宗派独自の行為は宗派の特徴となりアイデンティティとなる。また信者にとっても一種のモチベーションとなるのだ。
この神在教にはそれが無い。どこかで見た・聞いたようなありきたりな活動、そもそも意味すら感じられない催し。今のところお粗末なサークル活動の延長線であるように感じてしまう。
唯一、特徴と言えばやはりあの教主と石。教主のただならぬ雰囲気と抱えられた普通の石は見た者に強烈な違和感を植え付ける。この違和感が転じて神性や畏敬として受け入れられているのかも知れない。
ともかく、この宗教団体における異常は教主と石だけで、それ以外はハリボテに過ぎない、と言うのがこの時点での私の考えだった。
考え込む私の隣で、同じく炎を見つめていた坂口くんがふと言葉を漏らした。
「そういえば、武尊さんって方はどこにいるんですかね」
武尊さん、すぐにはピンとこなかったがそういえば神在教のHPでその名を見た気がする。
・・・確かに、今日一日施設内を歩き回ったわけだが、それらしき人を見ていない。案内役の女性も一切その名に触れなかった。
「一応HPには『第一の信者』ってありましたけど、どこにいるんですかね」
「もういませんよ」
再び私達の間からひょっこりと顔を出す女性。しかしその顔には先程の笑みは無い。
「武尊様は自らの身命をミカ様に捧げたのです」
「捧げた・・・?」
「ええ。捧げました。ですので、もういらっしゃいませんよ」
そう言い残して、彼女はまた歩いて行ってしまった。
「どういうことですかね?」
分からない。全くもって何も分からない。でも、今の彼女の表情。どことなくこの団体の闇を垣間見たような、そんな気がした。
炎円の集いは約3時間で終了した。ビリビリと足が痺れて立ち上がるのに苦労したが、ようやく一日が終わるのだと安堵の息を漏らす。私達は朝からお世話になっている信者の女性の案内で信者が寝泊まりする『衆泊棟』へと招かれた。
衆泊棟はワンフロアに10部屋の5階建て。計50部屋もの宿泊スペースがあるちょっとしたホテルだった。私と坂口くんは3階の角部屋に泊まるよう案内される。左右の5部屋を別つように廊下が延び、私達は薄暗い廊下を渡りきって部屋へと向かう。
「それでは、明日7時に朝食会がありますので、それまでに起きて1階まで来てください。お待ちしております」
女性は軽く頭を下げると、今来た廊下を帰って行った。私達は彼女の背を見送りつつ部屋に入った。
部屋は至って綺麗な、ビジネスホテルに近い内装だった。簡素な2台のベッドに一対の机。奥には洗面台、トイレ、シャワールームが付いている。テレビや備え付けの電話は見当たらない。照明以外、徹底して電子機器の類いがない。持ち歩いていたスマホやパソコンも入り口で預けてしまったし、我々には外部と連絡を取る手段が何一つ無かった。
「正に”陸の孤島”って感じですね。いや、ここは言うなれば”陸の孤室”ですかね」
冗談めいた坂口くんの言葉に苦笑いを浮かべる。もし何か起これば我々には助けを呼ぶ手段がない。私達は最早、何も起こらないことを祈るしかないのである。まあしかし、そんな簡単に事が運ぶわけも無いとは内心思っていた。
夜11時。月の光さえ無い新月の夜。
私と坂口くんは特段することもないので早めにそれぞれベッドに潜り込み、浅い眠りに就いていた。
ガタンッ
大きな物音に目が覚める。体を起こして部屋を見渡すが異変は無い。どうやら部屋の外から聞こえたようである。
「何の音です・・・?」
坂口くんも眼をこすりつつ起きる。私は彼に様子を見てくると言い残し、部屋のドアを開けた。
ドアの隙間からひょこっと顔を出して見えたのはつい数時間前に見たシックな廊下と、その先にぞろぞろと列を成す白い群れ。白い衣服に白い目出し帽のような覆面の彼らは皆一様に階下へと歩いて行く。私は気づかれないよう細心の注意を払いつつ、彼らの後を追った。
新月の夜であっても覆面の白い一団はとても目立っている。彼らは衆泊棟から出ると、『子守殿』へと歩いて行く。後を追って気づいたが、彼らの先頭を歩く何人かが人一人入れるくらいの箱を担いでいる。何の変哲も無い木箱を大事そうに、まるで神輿のように担いで子守殿へと入って行く。私も一定の間隔を保ちつつ、一団と共に子守殿に
一団は子守殿の最奥、教主・真紀子様のいる奥間へと進んでいく。例の鳥居を過ぎ真紀子様の部屋に入ってしまうと何が行われているのか見ることができない。私は物陰から一団が奥間に入りきるのを待ってから、こっそり奥間の扉に近づき、微かに開いた隙間から中を覗いた。
中は昼間に入った時と同じく、蝋燭の淡い光に照らされた闇が広がっている。十畳ほどの空間に一団がぎゅうぎゅうに入っているため、中央にいるであろう真紀子様の姿は見えない。だが、何やら話し声が聞こえる。
「真紀子様、今月の食事です。御査収ください」
この声は恐らく今日一日私達を案内してくれた女性の信者だ。彼女の言葉は昼間の時より丁寧な、目上の相手と喋っているかのような口調を取っている。
「・・・・これだけ?」
これは恐らく真紀子様・・・、にしては幼い声?のような・・。女性は女性でも声色からして女児、かなり幼い印象を受ける。
「申し訳ありません。最近は食料の調達が難しく・・・」
「あまり我が儘言わないの! 皆頑張ってるんだから」
まるで我が子を叱りつける母親のような声。これが、恐らくは真紀子様の声だろう。昼間に会ったときの声とは打って変わって、世間一般の母親が子に接するような普通の声。恐ろしいといった印象は全く無い。
「いるじゃん」
じゃあこれは誰の声だ? 信者の中にこんな子供みたいな声の人は・・・。
「そこにいるよ」
幼い声が再度響いたその時、これまで背中を向けていた一団がぐるんと顔だけをこっそり覗き見る私の方に振り向いた。
「「「いた」」」
数人と目が合う。気づかれた、マズい。
危機を感じた私はすぐさま扉に背を向け走り出す。直後、ドンッという音と共に奥間から数十人の信者が飛び出してきた。
子守殿の扉を半ば蹴破るように開け放ち、私は死に物狂いで走る。日頃デスクワーカーな私にとって全力疾走はかなりキツいが、四の五の言っていられない。後ろを流し見れば血眼の信者が追いかけてきている。追いつかれれば一巻の終わり、考え得る限りの最悪を想像し、尚も白い石畳を駆け抜けた。
私がまず向かったのは衆泊棟。部屋に残る坂口くんを連れに戻ってから一刻も早くここから逃げ出さねばならない。
衆泊棟のロビーに飛び込み、正面奥のエレベーターに飛び乗る。信者の集団もロビーに入ってきてこちらに向かってきている。私は「3」のボタンをこれでもかと連打した。いつもは気にも留めないドアが閉まるまでの時間が永遠のように感じられる。早く、早く閉まってくれ、早く!
ドゴンッ
鉄に何か重いモノが当たる鈍い音。すぐそこまで信者の腕が伸びていたが、間一髪でドアが閉まり、信者がこちらに入ってくることは無かった。一時の身の安全に思わず息が漏れる。その場に座り込みたかったがそんな暇は無い。エレベーターはすでに2階を通り過ぎている。まもなくドアが開いてしまう。私は震える足を奮い立たせてドアが開くのを待った。
チーン
ドアが、開く。私はすぐさま飛び出して廊下を駆ける。
「待って」「待て」「待ってください」「待って」「お願い」
やはり、信者は階段を使って3階まで来ていた。悠長にエレベーターを降りていれば、人の波に呑まれていただろう。私は信者の声に応じること無く角部屋に滑り込んだ。
「ど、どうしたんですか!?」
滑り込んできた私を見て部屋に一人残っていた坂口くんが目を丸くして驚いている。その質問に答える前に、私はドアの鍵とチェーンも掛けた。そして自分の荷物を纏める。
「あの、本当にどうしたんです?」
不安げな坂口くんに私はこれまでの短くも長い出来事を話した。やはりここは相当危険な団体であったこと、見はしなかったが恐らく生け贄を何かに捧げていたこと、そして今度は我々を贄にしようとしていること。息も絶え絶えに説明する私の真剣さが伝わったのか、坂口くんは問い返すことも無く急いで身支度を始めた。
直後、ドンドン、とドアが叩かれる。複数の人物が扉越しに呼びかけてくる。
「ここを開けて! 早く!」
「頼む開けて!」
「君たちが行かないと僕らになるんだ!」
「開けろ!」
ドアを叩く威力と声は段々粗くなっていく。私達が準備を整える頃にはドアを殴るような音になり呼びかけは怒号に代わっていた。
逃げる準備は万端。しかし、逃げる手段が無い。
「どう逃げましょう!? もう窓から飛び降りるしか・・・」
慌てる坂口くんを尻目に私は窓から外を見る。施設全体は4~5メートルほどの白壁に囲われている。登るのは現実的では無く、逃げようと考えるならば入るときに通った巨大扉から逃げるしかない。が、恐らく、というか確実に信者によって待ち伏せされていることだろう。
私は頭を抱えた。一体、どうすれば・・・!
「こっちです!」
どこからともなく聞こえる声。室内を振り返るが坂口くんは僕じゃないと首を振る。ではどこから?
「こっちです、こっち!」
声がするのは、外。開けかけた窓から顔を出す。
声の主は私達の部屋のすぐ左隣の部屋、その窓からひょっこりと顔が出ている。信者達と同じ白い服に白い覆面。声色からして女性だろう。彼女は懸命にこちらに手を伸ばしている。
罠か? 訝しむ私に彼女は必死に呼び掛けた。
「信者が扉を破る前に、早く! 私は信者じゃありません!」
嘘とは思えない、真剣な声。確かに、扉を殴る音と怒号は勢いを増して今にも扉が破られそうである。
「き、来ますよ先生!?」
坂口くんが窓際まで駆け寄って来る。
・・・・しょうがない。怪しさは拭えないが今はこれしか手は無いんだ。自分に言い聞かせるようにして不安を押し殺す。どうにでもなれという半ばやけくそ気味に、私は彼女の手を取った――――。
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