第10話 『神在教』潜入レポ①
東京から東北新幹線を使っておよそ二時間。
交通の便の悪さに悩まされつつも、ようやく我々は辿り着いた。
AM9:00 東北地方・某県某山中(詳しい所在地は伏せる)
「ここ、ですか・・・」
彼、坂口くんは控えめにそう呟いた。
今、私と坂口くんは駅からバスとタクシーを乗り継ぎ、ちょっとした山登りを経た末に鬱蒼と木々生い茂る山中にいる。いる、筈なのだが、目の前には旅行雑誌やテレビ番組でたまに見かける白亜の霊廟『タージマハル』を思わせる荘厳な門が立ちはだかっている。東北の山中においてあまりにも異質なその建造物を前に、私達二人は立ち尽くすしかなかった。
1,2分経っただろうか、私達がその場で立ちすくんでいると、ギイ、と重苦しい音を立てて鉄製の門が独りでに開き始めた。その隙間から徐々に門の向こう側が露わになる。
その光景を一言で表すのならば、「無駄が無い」。この一言に尽きる。
例えばかの「タージマハル」ならば、霊廟までの路にはシンプルながらも精緻な細工が施され、彩りに添えられた緑の木々と整えられ水路が目を引く、とても霊廟に続くとは思えない美しい光景がそこには在るだろう。
一方、現在目にしている光景はその門こそ「タージマハル」に近しいものがあるが、内部は全く彩りに欠けている。一面が白に覆われ他の色は存在しない。真白な壁と建造物に囲まれた真白な路。そして果てにはこれまた真白な教会のような施設が見える。とても現実とは思えない光景がそこには在った。
「驚かれましたか」
か細い女性の声に私達はハッとする。異様な光景を前にして気づかなかったが、見れば開けた門の正面に女性が立っている。いつからいたのか、はたまた最初からいたのか。門の前で立ち尽くす私達に、その女性はにっこりと微笑んだ。
「ようこそ『神在教』へ。体験入信の方々ですよね。お話は伺っておりますので、どうぞこちらへ」
とても優雅な所作で彼女に招かれた私達は、未だ言葉を失っていながらも確かな足取りで異空間へと足を踏み入れた。
足を踏み入れて改めてここが異質な空間であることを認識する。
どこをみても白、白、白。雑草どころか小石一つ無い完全なる白。唯一空の青さだけが自分が今地球にいることを教えてくれている、そんな気さえする。
私達は白いワンピースのような服を纏った女性の後を追い、真白な石路を歩いて行く。
「あ、あの・・・」
ここでようやく坂口くんが口を開く。
「どうしてここはこんなに真っ白なんでしょう。その、私は少し異様な感じを覚えるんですが・・・」
「”穢れ”を寄せ付けないためです」
彼女は振り向くことも、足を止めることも無く答える。
「穢れっていうのは・・・」
「”穢れ”とは、この世に蔓延る”悪い物”の総称です。例えばそれは人に巣くう悪しき感情、例えばそれは弱者をいたぶる技術、例えばそれは人を貪る病であったりします。穢れは姿形を変えて私達を、もしくは私達の大切なモノを襲う機を窺っているのです。そうした穢れから
彼女は淡々と、当然のようにそう答えた。
これから案内されるであろう果ての教会まではまだ掛かりそうなので、私も彼女に質問を投げかけた。”真紀子様とはどういう人物なのか”と。
すると突然、前を歩いていた彼女が歩みを止めこちらに振り返る。彼女はよくぞ聞いてくれたと言わんばかりに満面の笑みを浮かべている。
「真紀子様は日本で、いや、今現在世界で唯一神の御言葉を賜れる崇高なるお方です! あのお方は『ミカ様』の言葉を聞き神の力を用いて、傷ついた我々の心を癒やし、救いを与えてくださるのです! ・・・事情は聞きませんが、あなた方も心を病まれているのでしょう。でも大丈夫。『ミカ様』と真紀子様が、傷ついたあなた方に無償の愛と救いを
彼女はそう言うと先程の無機質な顔に戻り、何事もなかったかのようにまた歩き始めた。彼女の不気味な返答と態度の変容に若干の恐怖を覚えつつ、私達はまた彼女の後ろ姿を追いかけた。
「お待たせました。こちらが『神在教』の本殿、”子守殿”です」
白亜の路の突き当たり、真白な教会を想わせる建物を前にして彼女は立ち止まった。
「ここに真紀子様がいらっしゃるんですか?」
「ええ、今の時間帯ですと丁度、中でお祈りをしておられるかと。体験入信されるお二方には真紀子様へのご挨拶をしていただきたく」
そういって、彼女は”子守殿”と称される建物の両扉を静かに開けた。
外も白いのであれば中も当然白い。真っ白な壁と真っ白な床に囲まれたあまりにも簡素な空間。調度品、照明器具などの余分は一切無く、正六角形の天蓋から注ぐ陽の光が唯一の光源である。
「ここは”子守殿”の広間、真紀子様はあちらの奥間にいらっしゃいます」
広間と呼ばれた空間の奥、陽の光の当たらない影に鳥居のような白い構造物が見える。そしてその中、鳥居(らしきもの)を潜った少し先には重厚そうな両扉が見えた。
「さあ、準備はよろしいでしょうか。参りますよ」
女性はスタスタと鳥居へと歩いて行く。私達も遅れまいと小走りで後を追う。
彼女は鳥居の前で一礼して潜る。私達もそれに習って軽く一礼する。
彼女は重厚な扉に手を掛けて突くように押す。私達は後方で”真紀子様”なる存在を夢想しながら息を呑んだ。
「失礼致します。体験入信の方々を連れて参りました」
彼女の声と共に扉が開く。
これまで見てきた白とは対照的な闇の空間。広さは十畳ほど。数十本の淡い蝋燭の灯りに囲まれて、何者かが部屋の中央で座っていることが確認できる。
「どうぞ、前へ」
女性に促されるまま、部屋の中へと足を踏み入れる。
「失礼しまーす・・・」
坂口くんに続いて私も部屋に入る。淡く照らされた何者かの姿が次第に明瞭になっていく。
何者か、は女性であった。否、女性であるのだろうと思われる、と言った方が正しいかも知れない。
部屋の中央にて、その人物は袈裟のような着物を纏い、大きな丸形の座布団(お寺の住職が経を唱える際に座る豪奢な座布団を想像していただきたい)に座って身を丸めている。頭に被った烏帽子から垂れる長い黒髪から女性であると推測できるが、それだけしか判断できる材料がない。
もう少し、近づいてみる。
「ちょっと、先生!」
不安がる坂口くんを余所に、私は未だ返答のない彼女に近づいた。
蝋燭を避けつつ迫ると、何かが聞こえてくる。近くに寄らないと到底聞こえそうもないか細い音。
「・・・・・カ・・・ミ・・・・・・ミ・・・」
音の発生源はうずくまる彼女。私は”すみません”と呼びかける。
だが突然、何の前触れもなくガバッと彼女が伏せていた顔を起こす。私の目の前に彼女の顔が広がる。
・・・・正直、こうして語るのも憚られる程にその顔は恐ろしかった。
”笑っていた”のである。屈託のない、無邪気ともとれる顔で、笑っていたのである。しかしそれは、ただの笑顔ではない。決して清くはない、邪悪で汚らわしい負を纏う、嫌な笑み。血走った目と所々皮のめくれた薄い唇が一層の恐怖をかき立てる。
私は自分で近寄っておきながらその顔に耐えられず、後ずさって目をそらす。
その時ふと、彼女の腹部に目がいった。先程まで
胡座に載せられ抱えられていたモノ、それは・・・・
「石・・・?」
後方の坂口くんが声を漏らす。彼女が起き上がったことで彼にもソレが見えたらしい。
そう、それは石である。約六十センチほどのやや縦長な石。何の装飾も特異な点もない、ただの石。
私達がその石に釘付けになっていると、彼女は石を大事そうに両手で抱え込みこう言った。
「ようこそ、神在教へ」
一度見たら忘れられない、嫌な笑顔。
どうやら私は、とんでもないところに来たのかも知れない。
今更ながら、私はここに来たことを心底悔やんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます