第6話 とある編集者との会話②
「お待たせしてすいません。ようやく準備ができました」
ある平日の昼下がり。私の携帯が唸りメッセージの受信を知らせる。
画面上に表示されたのは簡潔かつ端的な一文。
彼から連絡が来たのは喫茶店での会話から二週間後の事であった。
2015年某日。
彼から連絡が来た翌日、私達は前と同じ喫茶店で会う約束をしていた。
大通りに面した昔ながらの喫茶店。私は最早見慣れた木製の古風なドアを静かに押す。カランカランと乾いた音が響いた。
平日の昼過ぎと言うこともあってか客はほとんどいない。なので大手を振って私を呼ぶ彼、
「こっちですこっち! いやー、お忙しい中すみません」
彼はそう言って、座りかけの私に所々剥げたメニュー表を渡してくる。どうやら作家との打ち合わせという名目上、経費で落ちるらしい。私は遠慮無く少し高めのコーヒーとケーキのセットを注文した。
・・・私と坂口君の注文した品が揃った辺りで、彼が口を開いた。
「例の宗教団体について僕の方で色々と調べてみたんですが、分かったことと言えば『危ない団体である』ことだけです。どれだけ調べても何をしているのか、何が目的なのか、具体的なことは何も分かりませんでした。そこで、僕は考えたワケです」
彼は意気揚々と自身の黒革のバックから封筒を取り出して中身を卓上に置いた。それはどうやら新幹線のチケットのようである。
「『神在教』の施設に取材をしに行きましょう」
坂口君はハッキリとした口調でそう言い放った。
対する私は、”いきなり乗り込むの!?”なんてツッコミがコーヒーと共に出かかって、慌てて口を手で押さえた。卓上脇のナプキンを取って間に合わず口から垂れたコーヒーを拭う。
「急すぎる、って思ってますよね。僕も流石に急すぎるというか、いきなり総本山に乗り込むのはどうかとは思うんです。でも、時間が無いんですよ」
彼の視線が少し下がる。声のトーンも一段下がったように思えた。
「雑誌部門を統括する斉藤部長が『キミのとこの雑誌には未来が無い』って、わざわざウチの編集室まで来て言うんです。『次の売り上げが目標ラインに届かなければ問答無用で打ち切る』と。もう、本当に時間が無いんですよ。早くしないと・・・」
餌を取り上げられた子犬のように、しおらしくなる坂口君。何となく居たたまれない気持になって、話を逸らした。
私は彼にかの宗教施設への訪問方法を尋ねた。『神在教』が二週間前の会話通りの排他的かつ閉鎖的な団体であるならば、我々が取材をしたいと言っても取合ってくれないのではないか。ましてやオカルト雑誌の取材で来たなどと言えば身に危険が及ぶことも考えられる。
彼はしおらしい態度から一転、自信ありげに答えた。
「確かに、正直に取材をしに行けば我々は門前払いされる、もしくは危ない目に遇う可能性だってあります。だから我々は編集者と作家としてではなく、『体験入信者』として行くんです」
これを見てください、と彼はバックから取り出したパソコンの画面を見せる。そこにはとてもシンプルなホームページが表示されている。
「これ、神在教のホームページなんですが・・・、ほらここ。『体験入信募集中』って出てますよね? つい一昨日見つけたんですが、これに応募して施設に乗り込むんです。いかがです? この方法なら取材ができそうじゃないですか?」
・・・確かに、取材はできるだろうがバレたときのリスクが大きい。仮にバレずに潜入できたとて、果たして無事に帰ってこれるのだろうか?
様々な不安要素が頭の中を飛び交いつつも、現状それ以外手立てはない。迷いはしたものの好奇心には勝てず、二つ返事で彼の提案を了承した。
「! そうと決まれば早速、来週末に体験入信に行きましょう! 一泊二日みたいなんで、準備の方よろしくお願いします!」
そう言って、彼は頭を下げた。一泊二日? 思いもしなかった新情報に私は戸惑いを隠せないでいる。
「え? ああ、はい。信者の方々はどうやら施設で共同生活を営んでいるようでして。体験入信者も実際に施設に泊まって共同生活の内容とか日々の日課とか、色々と体験するみたいなんですよ。取材のし甲斐がありますね?」
最早断れるような雰囲気ではなく、ましてや仕事を投げ出すわけにも行かず。悩みに悩んだ末に、彼との一泊二日を飲み込まざる終えなかった。
かくして決まった坂口君との取材旅行。彼は揚々と話を続けているが私の頭は不安でいっぱいだった。噂のみでも危険だと分かる団体へ偽りの体験入信、そしてそこで一夜を過ごすというあまりにもリスキーな取材。
果たして私は無事に帰ってこれるのか。あまりにも危険な取材旅の行く末を案じつつ、私は大きな溜息を吐くのだった――。
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