第8話 朝の食卓なのです。

 


 翌朝のことだった。

 天気は晴れ。

 窓を開けると、俺のこれからの前途を祝福してくれるかのような素晴らしい青空だった。




「さて、飯でも作るか」




 俺はキッチンに向かおうとした。

 するとすでにそこからは、まな板の上で野菜を切る音がしていた。




「おはようございます」




 恵ちゃんだった。

 エプロンが大きいようで裾が床に着きそうになっている。




「な、なにしてんだ?」




「なにしてるって、大吉さんの朝ご飯じゃありませんか?

 それとも朝食は抜き派ですか?」




「いや、そんなことはないけど……」




 俺は毎朝朝ご飯を食べる。

 じゃないと頭が回らないし昼までに空腹になってしまうからだ。




 だがそれとこれは別だ。

 なにやら押しかけ女房が勝手に台所で飯を作っているようにしか見えない。




「近頃の神様は朝食まで作ってくれるのか?」




「大吉さんは特別ですっ。

 私は大吉さんに幸せになってもらうために努力してるんですっ」




「はあ」




 それから食卓が整った。

 座卓の上には白米と味噌汁。そして卵焼きとおひたしが乗っていた。




「いただきます」




 そう言った恵ちゃんは手を合わせて箸を取った。




「……お前、今、なにを拝んだんだ? 

 手を合わせるのは仏様に対してじゃないのか?」




「細かいことはいいじゃありませんか。

 それよりせっかくの温かいご飯が冷めちゃいますよ」




 朝食は思いの外うまかった。

 俺は満足しておかわりまでしてしまった。




「どうです? 

 ちょっとした腕前でしょう」




「ああ、

 でもどこでこんな料理の腕前を覚えたんだ? 神様にも母親っているのか?」




「いませんよ。

 でもね、私だって神様の端くれです。

 これでももう何千万回、何億回もご飯を作っているんですから」




 俺は箸を止めた。




「……お前、いったい年はいくつなんだ?」




 すると恵ちゃんは、

 ハッとした表情になってそっぽを向いた。そして口笛を吹く。




「答えたくないんなら、別にいいよ」




「じゃあ、訊かないでください」




 恵ちゃんはそう答えた。

 おそらく神様は不死身と言うか、

 不老不死なんだろうから相当長生きしているに違いないと俺は思った。




「さあ、飯も食ったし。

 学校に行くか」




 すると恵ちゃんは、

 クローゼットにしまってある俺の制服を取り出してくれた。




「アイロンもちゃんとかかってます。

 もちろんワイシャツにもですよ」




「あ、ありがと」




 俺はお礼を言った。

 入学式は今日なので、制服にはまだまともに腕も通していない。

 むろんワイシャツにもだ。アイロンがけは必要ないような気がするんだが……。




「……まったく押しかけ女房だな」




 俺は小声でそう言った。

 だが内心、ちょっと嬉しかった。




「じゃあ、行ってきます」




 俺は真新しい革靴に足を入れると、

 部屋の中にいる恵ちゃんにそう言った。




「はい。でも後で会えますから、

 とりあえずいってらっしゃい」




 ……後で会う? 

 俺は若干の疑問を感じながらも意気揚々と神武寮を出たのであった。



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