第3話 神様なのです。

 


「もちろん全然大丈夫ですよ。

 それよりも痛くはなかったですか? 加茂かも大吉だいきちさん」



「へ? 

 ……な、なんで俺の名前知ってるの?」



 声が思わず怪訝になる。



 俺は頬の痛さなんかよりも、

 なぜこの少女が俺の名前を知っているのか不思議に思った。

 いや、不気味に思ったのだ。



「なんでも知ってますよ。

 大吉さんが神武じんむ高校の一年生だと言うことも、

 神武寮じんむりょうに住んでいることもちゃんと知ってます」



「ちょ、ちょっと待って。

 ……もしかして警察とか探偵の人なの?」



「私ですか? 

 違いますよ。私は神様です」



「は?」



 俺はきっちり十秒ほど唖然としてしまった。

 なんか今日は春のいい陽気だったから、

 頭がちょっとイッてしまった少女なんじゃないかと思ってしまったからだ。



「さあ、

 目的はこんなところで立ち話することじゃありません。

 さあさあ、早く行きましょう」



「ど、どこへ?」



「決まってるじゃないですか? 

 神武寮です。

 大吉さんは家に帰る途中だったんじゃないですか?」



「そ、それはそうなんだけど」



 俺は戸惑っていた。

 だがそんな俺のことなんか少女はお構いなしで、

 俺の手を引くとさっさと歩き出してしまった。



 そして寮へと到着したのであった。

 着いたときは日はとっぷり暮れていた。



「あのー、

 いちおう言っておくけど、

 神武寮じんむりょう、女子は立ち入り禁止なんだ」



 そうなのである。

 神武寮は男子用で女子寮は別にあるのだ。



「あ、そういうの私、全然平気です。

 神様ですから」



 そう言うと少女はさっさと寮に入ってしまった。

 俺は仕方なく後へ着いて行く。



「あ、お帰り」



 寮のロビーでくつろいでいた顔見知りのやつが、

 俺に声をかけてきた。



「あ、

 ……こ、これには訳があって」



 俺は俺の前に立つ少女のことを指さした。

 ところがそいつはちゃんと少女は見えているようだが、

 別になんの気にもしていない様子だったのだ。



「おお、加茂くん。

 帰りが遅いから心配してたぞ」



 奥から寮の管理人の佐藤さとうさんが顔を出してきた。

 俺は思わず固まった。



 佐藤さんはそれはそれは頑固で規則第一の性格だからだ。

 もし神武寮に女子なんか連れ込んだら雷が頭上から落ちるのは必至だ。



 ところが佐藤さんにも少女が見えているようだが、

 なんの反応もない。

 まるでずっと前からの馴染みがそこに立っているような態度なのである。



「さあ、大吉さん。

 行きますよ」



 少女は顔見知りと佐藤さんに挨拶すると、

 俺を二階へと連れて行った。



 俺はなんだか何者かに化かされているような気がしている。

 どうにもこうにもこの謎の少女に振り回されている感じなのだ。



 そして部屋に到着した。



「ふーん。

 思ったよりも片付いていますね」



 部屋の中を見回して少女はそう感想を言った。

 確かに俺の部屋は片付いている。

 と、言うのもあるのは参考書などを収めた小さな本棚と、

 テレビとパソコン、ゲーム機くらいだからだ。



「……神棚がありませんね」



「ふつう高校生の男子の部屋に、

 神棚はないと思うけど」



 俺は自室に入ったことで一息ついたのか、

 ようやくまともな返事ができた。



「明日までにはちゃんと用意してください。

 最近はホームセンターでも売ってますから」



「……と、ところでさ。

 君はいったい誰なの?」



 俺は質問には答えずに、

 出会ってからずっと疑問に思っていたことをようやく口にすることができた。



「だから神様です。

 昼間、大吉さんがお参りしてくれたじゃないですか?」



「あ、ああ!」



 俺はようやく合点がいった。

 ホントかどうかは知らないが、

 俺があのボロいほこらにお参りしたのは確かだからだ。



「もうホントに数年ぶりなんです。

 近頃は人々の信心も薄くなっていて、ちっとも拝んでくれなかったんですから……。

 ちょっとうれしかったので、ちょろっと具現化しちゃいました」



「はあ……。

 それってホントなの?」



「もちろんです。

 さっきヤクザさんたちに神罰を与えたのはわかったでしょう?」



 俺はさっきのシーンを思い出す。

 すんでのところで派手な化粧の女性が現れたことで俺たちは助かったのだ。



 あの女性はきっと組長の奥さんか愛人に違いない。

 だからあのヤクザたちがあんなに恐れたのだろう。



「あれは、

 私の神力のひとつで女難じょなんの力です」



「女難?」



「はい。

 その人がいちばん怖く思っている女性を出現させることで、

 相手をこらしめたのです」



 ホントなのだろうか? 

 いや、だがあの絶妙なタイミングは、

 確かに神がかりとも言えなくもないが……。



「他にも神力しんりきはあるんですが、

 それはおいおいお見せします。……あ、そうです。これお返しします」



 少女がいきなりポケットからなにかを取り出した。



「あ、

 俺の財布とスマホと眼鏡……」



 すると少女はなぜだか気まずそうな顔になったのだった。


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