第33話 エリーゼの酒癖。

 

 それからも街のあちこちを巡った。

 どれもこれも僕には初めての体験で見るもの聞くもの珍しくて、気持ちは興奮しっぱなしだったよ。




「ねえ、食事にしない?」




 エリーゼに誘われた。

 聞けば行きつけのお店があると言う。

 時間的には夕食だね。




「ここからならちょっと歩くけど、空いてるし割りといい店よ」




「いいよ。僕は店もぜんぜん知らないし」




 今日は初めて街を観光したのだ。

 噴水も海も武器屋や他の店もみんな新鮮だった。

 なので夕食の誘いはもちろん受けた。




「ここよ」




 エリーゼが案内してくれたのは表通りから一本裏に入った通りにあった。

 表に看板が出ていてメニューを見ると海の街らしく魚介中心のお店だった。




「こんばんは。席空いてる?」




「やあ、エリーゼ、いらっしゃい。奥のテーブル席が開いているよ」




 店に入ると料理を運んでいた男性給仕が笑顔で対応してくれた。

 やはりエリーゼはここでも知られているようだ。

 獣人は割りと珍しいし、なによりエリーゼは美少女だからね。納得だ。




 そして僕たちは案内された通りに店の奥にある空いていたテーブル席に着く。

 店内はそこそこ席が埋まっているけど、エリーゼが言っていたように割りと空いている感じだ。




「この店は魚の鍋と貝のつぼ焼きが有名なのよ。それでいいかしら?」




「うん。どっちも食べたことないから楽しみだよ」




 山の中に住んでいたからね。

 海の料理なんて今まで一度も食べたことがないから、楽しみなのはホントだよ。




「私はエールを頼むけど、マキラはまだ未成年だっだよね?」




「うん。あと1年で成人」




 そして注文の品が届く。

 エリーゼはエール、僕は果実水で乾杯する。




 やがて魚の鍋と貝のつぼ焼きが運ばれてきた。




「うまそうだね?」




「おいしいわよ」




 それから僕は鍋とつぼ焼きを堪能した。

 鍋は魚の白身がホロホロとほぐれ、さっぱりとした旨味があるし、つぼ焼きは香ばしい匂いと貝独特のグニュグニュした歯ごたえがたまらなくて、なんどもお代わりをした。

 そしてエリーゼは食べるにはたくさん食べたんだけど、どっちかと言うと飲み物のお代わりが多かった。

 どうやらかなりの酒好きのようだね。




「……私ね。……ダメなのよ」




 お店に入ってかなり時間が経過した頃だった。

 顔を真っ赤にしたエリーゼがややうつむき加減になってそう口にしたのだ。

 なにかを僕に伝えたいようだった。




「……私、斥候職でしょ? 探索とか罠解除とかが仕事なのはわかってるのよ。でも……戦闘になると、ついつい夢中になっちゃうのよね……。それでいくつもパーティを……」



 話をまとめるとこういうことらしい。

 エリーゼは冒険者になって今までいくつものパーティに加入したけど、最終的に追い出される形で辞めさせられてしまったようだ。




 その理由はパーティメンバーとの不仲。

 特に前衛職と揉めてしまう。

 斥候職なのに戦闘中に前衛職の剣士たちを押しのけて短剣で魔物たちと戦ってしまう。

 それで撃退できればいいが、元々リーチがない上に防具も軽装なことから魔物に押されて不利な形成になってしまうことで、前衛職たちに迷惑をかけてしまうことが多かったようだ。




 前衛職の剣士たちも割り込んで来たとは言え、仲間の斥候職が戦っているのを強引に戦いから引き剥がすことは困難で、仕方なく距離を置いて待機せざるを得ない状態を強いられることで彼らの不満が高まってしまうようだ。




「……私、狼獣人でしょ? 一族の血が戦いの最中に滾ってしまって戦闘しか見えなくなっちゃうのよね……」




 なるほど。

 前衛職を押しのけて戦いの最前線に乱入してしまうのはエリーゼの性格ではなくて、一族の血がなせることのようだ。




「……私だって、一生懸命自分を抑えようとしたりしたのよ。……そしてついつい出しゃばちゃってしまった後に誠心誠意に前衛の剣士たちに謝ったのよ……」




「……」




「……でも、でも、でも、……いっつもいっつもクビにされちゃうの……。ふ、ふ、ふえ~ん、ふえ~ん……」




 エリーゼは顔を抑えて泣き出してしまった。やっぱり泣き上戸だ。

 そのきれいな顔が歪んで涙で濡れてしまっている。

 突然のことに僕は対応できなくてオロオロしてしまう。




「で、でも、僕たち『ひとつの足跡』はたった二人で僕はガチの後衛なんだから、エリーゼに斥候と前衛を任せるしかないから、僕たちの間には問題はないよ……」




「……ふえ~ん。でも、でも、でも……」




「ト、トドメを刺せるのがエリーゼしかいないんだから頼りにしてるからさ……」




「……えぐ、えぐ」




 それからも嗚咽混じりのエリーゼの告白、いや愚痴は続いた。

 そしてその間にもなんとエリーゼはエールのお代わりを止めない。

 ……もしかして、エリーゼは酒好きの泣き上戸なのか!?




「エ、エリーゼ、もう飲むのを止めるんだ! いくらなんでも飲み過ぎだぞ!」




「いやあよ。もっと飲む~!」




 僕がエールが入った木製ジョッキを取り上げようとすると、エリーゼはがっちりとジョッキを抱え込んで離さない。

 ……酒乱もあるな。




 僕の師匠もお酒が好きだ。いや酒豪だ。

 で、酒乱でもあったので僕にはエリーゼの酒癖がすぐにわかった。

 この手には下手に逆らうとろくなことがないのを知っているんだ。



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