第32話 初めての市街観光、初めての海。

 

「剣を研いで欲しいのよ」




「いつものようにだな」




 エリーゼは腰から鞘ごと短剣を外すとそのまま店主のドワーフに渡す。




「あと、ちょっとお願いがあるの。訳あって短剣を手に入れたんだけど、それの価値を知りたいのよ」




「ああ、構わんぞ。見せてみろ」




 エリーゼは魔法収納袋からミサイアにお礼としてもらった短剣を取り出して渡すのであった。



「……~ん。……これはなかなかのものだな」




「やっぱり?」




「ああ、相当の業物だ。ミスリルの合金でできている。鍛冶師の腕も相当だ」




 店主は刃先からじっくりと観察し、しきりにうーむと唸っている。




「……売れば、……そうだな、最低でも金貨20枚、いや30枚はするだろう」




「そんなに?」




 僕とエリーゼは顔を見合わせた。もちろん二人とも驚き顔だ。

 たったひとりのブルーオーガの少女を助けただけなのに、こんなに価値のある短剣をもらってしまったのだ。




「……ひょっとしてなんだけど」




 僕はエリーゼに囁いた。




「あのリーアって女の子、ブルーオーガの中でも身分が高い子だったのかも」




「……そ、そうね。その可能性はあるわね。だから腕の立つミサイアに捜索依頼をしていたのかもしれないわね」




 そんなこんなの会話をしながら店内の武器、防具を見て回る。

 僕は勝手に持ち出した師匠の帽子、ローブ、杖の3点セットがあるので特に欲しいものがないことから、呑気に見ていた。

 エリーゼは動きを阻害しないためなのか皮の鎧や胸当てを見ていたり、並んでいる短剣がミサイアからもらったものよりの低質なものしかなかったことに嬉しさを感じたりしているようだったね。

 やがて短剣の研ぎが終わったので僕たちは武器屋を後にした。




 それから僕はエリーゼに誘われてイチバーンメの街の観光をすることになった。

 僕が街を知らないことを知ったエリーゼが案内してくれることになったのだ。

 美少女とデートみたいで、なんか嬉しいね。




 街の中央に向かった。

 中心に近づくに連れて元々多かった人々の数が増えた。

 やはり街の中央はいちばんの観光地でもあるのだろうね。




 大きな屋根とそれから突き出すように伸びる尖塔が見えた。




「大聖堂ね。たくさんのひとたちがお祈りに来るわ」




 そこは大きな教会だった。

 中に入って礼拝をするための人々の行列ができている。

 大聖堂の中がどうなっているのかちょっと興味があったけど、あの列に並ぶのは遠慮したいので別の場所に行くことにした。




 大聖堂を通り抜けて石畳の道を少しあるくと東西南北の街道が一点で交差するロータリーがあった。

 とても大きなもので道路は馬車が余裕ですれ違えるほどあって、その中心は円形の広い公園になっていた。




「公園に入りましょ」




 エリーゼに誘われて僕は道路を渡り円形の公園に入った。

 そこは背の高い樹木が等間隔に植えられていて、その中心には大きな噴水があった。




「すごい、噴水だ」




 噴水は僕の背丈よりもずっとずっと上まで水が飛んでいて落下した水は激しく水面を叩く。




「もしかして噴水は初めて?」




「うん。初めて見た」




 田舎者だからね。

 話には聞いていたけど見るのは初めてだったよ。

 そして僕たちは数件並んでいる屋台でサンドイッチを買って噴水を見ながら昼食を食べたのだった。




「ねえ、海見る?」




「海? この街って海が見られるの?」




 僕は興奮した。

 話には聞いたことがある。

 それは陸よりもずっと広くてすべて水になっているのが海。

 海には波があって、魚もたくさん生きているって。




「行きたい! 行きたいです!」




 僕は声を大きくしてそうお願いするのだった。




 そして街を横断するように向こう側に歩くこと1時間。

 外壁の上まで登るための螺旋階段を進んだ。




「うわあっ! ……これが……海……」




 外壁の向こうは海だった。

 壁の奥に白い砂浜が広がり波があり、そしてずっと先まで水だった。

 話に聞いていた通りだよ。




「これが海よ。……マキラは山奥で育ったって言ってたから海を見たことがないだろうって思ったの。だから連れて行きたいと考えたのよ」




「ありがとう……」




 僕は猛烈に感動していた。

 そしてずっと海を見続けていた。




「……あれは……舟?」




「そう。ちょっと離れたところに漁村があるのよ。そこの漁師の舟ね」




 舟は波に揺られて上下に動いている。

 僕はそれをいつまでも見続けていた。


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