第30話 ブルーオーガの女戦士。

 

 それから2時間くらい歩き続けただろうか。

 途中に休憩を挟みながらも、僕たちは森の奥へと進み続けた。




 そんなときだった。




「――その娘を離せっ!」




 するどい女性の声がしたのだ。

 僕とエリーゼは足を止めて辺りを見回す。

 するとシュッと風を切る音とともに地面に弓矢が突き刺さった。

 その数5本。

 きれいに等間隔で突き刺さっているところを見ると、相当手練らしい。




「……私たちに敵対する気持ちはないわ。姿を見せてくれるかしら」




 エリーゼが油断なく辺りを警戒しながら、そう口にした。

 すると斜め前方の茂みからなにかがいきなり飛び出した。




 速いっ!

 ジグザグに進路を取りながら僕たちに急接近する。

 駆け足で近寄る何者かが手にした剣がギラリと光を反射する。




「転倒!」




 僕は魔法を唱えた。

 抜剣して向かってくるのだ。

 敵対行為と見倣して間違いないだろう。




 だけど僕の魔法は不発に終わった。

 地面に展開される魔法陣が発動するよりも、なにかの方が素早かったからだ。




「転倒! 転倒! 転倒!」




 次々に魔法陣が浮かぶがまったく捉えることができない。




 ……ま、まずいっ!




 僕がそう思ったときはすでに遅く、リーアの手を引くエリーゼの首元に剣が突きつけられていた。




 ……ブルーオーガ!?

 驚いたことに剣を突きつけているのはブルーオーガの女性だった。

 まだ若い女性で険しい表情を浮かべているが美人と言えた。クール系美女ってとこだろう。

 そして……僕は視線を下げる。

 するとそこにはエリーゼのよりもはるかに大きい胸が革鎧で覆われていた。

 その装備からしてブルーオーガの戦士だろうか。




「……その娘を返してもらう」




 ブルーオーガの女性が突きつけた剣を揺るがすことなく固定したままエリーゼにそう告げた。




「……わ、わかったけど、あなたはこの子の知り合い?」




「知り合いではないが同胞だ。里の同胞に捜索を依頼された」




 ブルーオーガの女性がそう返答する。




「待ってっ! エリーゼとマキラは私を助けてくれたの! 悪い人じゃないわ!」




 エリーゼと手を繋いだままリーアがブルーオーガの女戦士に叫ぶ。




「……そう……なのか?」




「うん。私はゴブリンに攫われたの。そしてこの人たちに助けられたの」




 剣呑だった女戦士の表情が緩み、戸惑い顔になる。

 そしてしばらく思案顔になったのだが、やがてなにかに納得したのか笑顔を見せた。

 元が美人なだけあって、とてもきれいな顔だね。




「お前たちを信用することにしよう。私はミサイア。見ての通りブルーオーガの戦士だ」



 ミサイアと名乗った女戦士から殺気が消えた。

 そのことに僕は安堵する。

 足が震えるくらい怖かったからね。




「私はエリーゼ。イチバーンメの街のDランク冒険者よ」




 エリーゼが正直に名乗ったので僕も名乗ることにした。




「僕は魔法使いのマキラ。同じくイチバーンメの街の冒険者でEランクです」




 するとミサイアさんは、ふと考え顔になった。

 そして僕を頭から爪先までじっと観察し始める。

 なにが起こったのかわからないけど、冷や汗が出てきたよ。

 僕になにか不審なところありますか?




「……マキラ、マキラ。……魔法使い……。その帽子とローブ、杖に刻まれている焼印に見覚えが、あるな……。……お前、ひょっとしてアルの弟子か?」




「えっ! 師匠を知っているんですかっ?」




 僕は驚いたよ。

 だってイチバーンメの街以外で師匠のことを知っている人がいるとは思わなかったからだ。

 しかも、ブルーオーガと言う魔物の人が知り合いとは夢にも思わないよ。




「まあな。昔いっしょにパーティを組んで旅をしていたことがあってな……」




 ミサイアさんは懐かしそうな顔になる。

 まだ若いお姉さんに見えるミサイアさんだけど、師匠と昔に旅をしたってことはいったい何歳なんだろうか? 

 ブルーオーガは長寿なのかな?




「よし、わかった。ならリーアは私が責任を持って里まで送り届けよう。リーアもいいか?」




「……お願いします……」




 ちょっとだけ逡巡したリーアはエリーゼの手を離すとミサイアさんの元に歩み寄り、差し出された手を握る。




「そうだ。お前たちにはなにかお礼をしなくてはな」




 ミサイアさんがそう言って僕たちを見た。


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