第29話 ブルーオーガのリーア。

 

「ブルーオーガの女の子ね。珍しわ……」




 どうやらこの8歳くらいに見える女の子はオーガらしい。

 ただ普通のオーガはもっと体色が青黒いのだが、服から露出した部分のこの子の身体の色は晴れた空のような目の覚めるきれいな青色だった。なのでブルーオーガというのだろうね。




「……怪我もなさそうだし、服も乱れていない。……良かったわ。どうやら襲われた形跡はなさそうね」




 それは僕も思った。

 エリーゼが言う通り露出した腕や足に怪我の跡はないし、服もほつれたり破られたりした形跡がない。しかも髪の毛も整ったままだ。

 たぶんだけど、攫われはしたものの、まだ初潮前の子供だったので手を出されなかったのだろうね。だからこの後のために生かされた。……幸いなことに。




「もう大丈夫よ」




 エリーゼがそう言ってブルーオーガの女の子を抱きしめた。

 大丈夫なんだろうか?

 オーガはとても危険な魔物と聞いている。いくら子供と言っても膂力は人間とは桁違いだと思える。

 暴れ出す危険はないんだろうか……。




「……ブルーオーガはね、知能も高いし人語を話せるの。ちゃんとコミニュケーションが取れる魔物なのよ」




 僕の不安を察したかのようにエリーゼが説明してくれる。

 それからもしばらくエリーゼは震える女の子を抱きしめていた。




「……リーア……」




 突然、小さな呟きが聞こえた。

 それはブルーオーガの女の子が呟いた声だった。

 自分の名前だろうか?




「そう。あなたリーアって言うの?」




 少女は頷いた。

 角にかかる髪の毛がはらりと揺れる。

 まだあどけない顔だが、人族の僕から見てもかわいらしい顔つきだ。

 将来は美人になるに違いない。




「私はエリーゼよ」




「僕はマキラ」




 僕たちは互いに名乗り合うのだった。




「ゴブリンに酷いことされなかった?」




「……だ、大丈夫。逃げられないように見張りはいたけど食事は出たし……。でも……でも、怖かったぁ……」




 そこまで答えたリーアは目から大粒の涙をこぼし始めた。

 それはやがて流れとなって止まらずに頬から滴り落ちる。

 きっと僕には想像もできないような恐怖を感じていたのだろうな。




「そう。もう平気だからね。ゴブリンたちは私たちが全部倒したわ」




「……うん。うぐ、うぐ……」




 それからしばらくエリーゼは嗚咽を繰り返すリーアを抱きしめたまま頭を撫でるのであった。




「……それでリーアの住んでいた場所はどこにあるの?」




「……森のずっと奥。でも道はわからない」




 それは仕方ないだろう。

 なんと言っても攫われたのだ。泣き叫ぶことはできても道順を憶えるなんてことはできないだろうしね。




「それは困ったわね」




 エリーゼが心底困った顔つきになった。

 それはたぶん、僕にもその理由はわかる。

 リーアはブルーオーガなのだ。なので魔物として扱われる。

 そのことから人族、亜人族のイチバーンメの街に連れて行くことはできない。

 連れて行ったら間違いなく衛兵さんに討伐されてしまうに違いないよ。




「……とりあえずここを出ようよ」




 僕はそう提案した。

 このまま死骸に満ちたゴブリン集落にいても仕方ないし。




「そうね。……リーア、立てる?」




「う、うん……」




 エリーゼの手を助けにリーアは立ち上がった。

 だが体力は衰弱しているようで足元がおぼつかない。




「マキラ……。私、提案があるんだけど……」




「うん。いいよ」




「え? どういう内容か訊かないの?」




「その子を仲間の元に返してあげるんでしょ? わかるよ」




 そう。

 僕は内容をすべて聞かなくてもエリーゼが言いたいことがわかった。

 エリーゼは優しい少女だ。

 こんな場所でリーアを置いてけぼりになんてできない性格なのは、パーティを組んだばかりの僕でもわかる。




「だったらいいわ。……マキラも同じ考えだったのね?」




「うん。とにかくもっと森の奥に行ってみよう。ひょっとしたらリーアの同胞が探しているかもしれないし」




 結論が一致したことで僕たち3人はゴブリンの集落を去り、森の奥へと向かう。

 リーアに尋ねるとちゃんとわかっている訳じゃないけど、方角的にはだいたいわかるようだ。




 そして僕たちは更に森の奥へと進む。

 最初は足取りが重かったリーアだったけど、ゴブリンの恐怖が去ったことを完全に理解できたからか、歩きはしっかりとなっていた。

 いや、ポーションを飲ませたからかな。なんせ師匠の特製だから効き目はすごいからね。


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