第26話 ゴブリンの襲撃。
そして曲道を通過したときだった。
「乗合馬車ね。襲われているわ!」
「ゴブリンか!」
見ると2頭立ての幌付き乗合馬車が緑色の体色をしたゴブリンの群れに襲われていた。
御者と若い男性客が剣を振り回してなんとかゴブリンたちを追い返そうとしているが、ゴブリンたちは20匹近くはいるので手が回らない。
ゴブリンは1匹ならば剣を持った成人男性であれば倒すことが可能な程度の魔物だ。
だが常に群れで襲ってくるので始末に悪い。
そして粗末だが短剣や棍棒を持っているので迂闊に近寄れないし、子供程度の小柄な体格から想像できるように、とにかく素早い。
そして馬車だが、ゴブリンたちの攻撃で幌があちこちちぎられていて、そこから車内で身体を寄せ合って震えている他の乗客たちの姿が見えていた。
「加勢しますっ!」
「応援に来ました!」
エリーゼと僕はそう叫びながら走る足をさらに速める。
「あっ。女の子が攫われるわ!」
見ると車内から引きずり降ろされた12歳くらいの少女が両手を多数のゴブリンに引っ張られている。
「キャーッ! いやぁーっ!! やめてーっ!!」
女の子の悲鳴が聞こえる。
「まずいわ! 私が攻撃するからマキラは魔法を!」
「了解!」
僕は泣き叫びながらずるずると引きずられている女の子の右手を引っ張る3匹のゴブリンの足元に杖を向けた。
「転倒」
「転倒」
「転倒」
――ツルリン。
――ツルリン。
――ツルリン。
「「「グゲゲゲッ……」」」
地面に魔法陣が浮かび、3匹のゴブリンが一斉に転けた。
その拍子に女の子の右手から掴んでいた手が離れる。
「シッ!」
速いっ!
するどく呼気を吐いたエリーゼが短剣で転倒した3匹のゴブリンを次々と仕留めた。
立ち上がれずもがくゴブリンの頸動脈を深々と切り裂いたのだ。
「マキラ、次!」
「うん!」
女の子はまだ引きずられている。左手を2匹のゴブリンが引っ張っているのだ。
そしてそのまま森の中へと連れて行こうとしている。
泣き叫ぶ女の子の声がしっかりと耳に入る。
「転倒」
「転倒」
――ツルリン。
――ツルリン。
2匹のゴブリンがもんどり打って地面に転がる。
当然、掴んでいた女の子の腕から離れ、地べたにべちゃと倒れる。
「「グゲゲゲッ……」」
転倒と同時にエリーゼが女の子の元へと走る。
そして転がってもがいているゴブリンに連続してトドメを刺して、地面にペタンとしゃがみ込み嗚咽している女の子を抱きしめた。
「もう、大丈夫、大丈夫だから……」
エリーゼは女の子を抱いたまま僕に視線を送る。
現在も乗合馬車を襲っている残り10匹以上のゴブリンへの対処を指示したのだ。
僕は地面を蹴り馬車へと向かう。
そして乗合馬車の元へと到着した僕は数えると11匹いたゴブリンたちに次々と転倒魔法を展開した。
地面に多数の魔法陣が浮かんだ。
魔法を受けたゴブリンはその場ですっ転び立ち上がれずにもがいている。
ただ僕の魔法も連続してすべて成功した訳じゃない。
ゴブリンは意外と素早いので魔法発動の範囲から外れてしまって逃げられたからだ。
まあ、すぐに2回めの魔法を放って捕らえたけどね。
幸いなことに乗客、御者に死者はいない。
多少怪我をした人がいたが、僕が提供したポーションで回復している。
このポーションは師匠謹製のもの。
生きてさえいればたぶん全回復まで可能と言われている優れものなんだ。
なので骨折くらい平気で治す。
そして攫われかけた女の子を連れてエリーゼが戻ってきた。
女の子はすぐに父親に返された。
父親は涙を流しながら娘を抱きしめている。
その向こうでは今なお立ち上がれずにもがき続けるゴブリンたちをエリーゼが仕留めているのが見えた。
その後、乗客たちから礼を言われた。
「本当にありがとうございます。お陰様で娘も無事でした」
ゴブリンに攫われそうになった女の子の父親は娘を抱きしめたまま涙を浮かべて礼を言う。僕としては元々ゴブリン討伐は冒険者組合から受けた依頼だし、人助けもできたことで十分満足していたので、かえってお礼を言われるのは恐縮だった。
「……森の中を捜索しましょう」
乗合馬車から去った後のことである。
(ちなみに葬ったゴブリンたちの総数は21匹で討伐証明として右耳を切り落として入手している)
エリーゼが僕にそう相談してきたのだ。
「森の中? まだゴブリンがいるのかな?」
「女の子を攫おうとしたのだから、森の中に集落がある可能性があるわ」
「なるほど。確かにそうだね」
「もし見つけたらの話だけど、規模が小さいようならば私たちだけで仕留める。だけど大きい集落だったら偵察して冒険者組合に報告した方がいいわね」
「そうだね」
僕はエリーゼの提案を受け入れた。
そして僕たちは森の中へと足を踏み入れたのだった。
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