第5話 街へ。
それから僕とおじさんは馬車に乗っていろんな話をした。
いちばん役に立ったのはお金の話だ。
お金と言っても金儲けの話じゃない。
通貨の価値の話なんだよね。
僕は麓の里に出向いて食料調達したときも、だいたい薬草とかとの物々交換で済ましていた。だからお金を使ったことがないんだよね。
なので師匠が残してくれた銀貨でどれだけのものが買えるのかわからないんだよ。
「街での物価ねえ。だいたい大きめのパンが銅貨1枚かな」
「じゃあ銀貨1枚だと100個買えることになるわけかあ……」
話をまとめると通貨は銅貨、大銅貨、銀貨、金貨が流通しているらしい。
それ以上の大金貨とかもあるらしいけど大商会の大取引とかでしか見かけないってことを教えてくれた。
あと銅貨よりも価値が低い鉄貨ってのもあるけど、これで買えるものは少なくて、せいぜいお釣り銭くらいにしか使い道がないらしい。
街の平民が一ヶ月で稼ぐ給金がだいたい金貨1枚少々くらいとのこと。
ちなみに銅貨10枚で大銅貨1枚。
大銅貨10枚で銀貨1枚。
銀貨10枚で金貨1枚。
金貨10枚で大金貨1枚とのこと。
つまり僕の全財産は銀貨5枚なので銅貨だと500枚、大銅貨だと50枚になるようだ。
そして僕の所持金では街の平民の給与から計算するとだいたい15日分の賃金相当になる。要するに早くお金を稼がないと師匠探しどころじゃなくなっちゃうってことだね。
そしておじさんは行商人だった。
遠くの村で仕入れた葡萄酒をイチバーンメの街まで運んでいる最中だったらしい。
「イチバーンメの街には行ったことあるのかい?」
「いえ、初めてなんです」
そうなのだ。
僕は幼い頃に師匠に貰われて、それ以来あの家で育った。
だから知っているのはあの家と物々交換のために降りていく麓の里だけなので、それ以外の土地はまったく知らなかったのだ。
そして師匠に貰われる以前はどこにいたのか。両親は誰なのか。
それも知らない。
師匠が教えてくれないからだ。
「そうか。……初めて街に行くってことは身分を証明するものは持ってないんだね」
「なんですか、それ?」
「街には大勢のいろんな人たちが出入りするんだ。だからその中には指名手配された犯罪人たちもいる可能性がある。もちろん盗賊とかもだね。……だから街の出入りには身分を証明する札が必要なんだよ」
そう言っておじさんは服の中から首に下げた金属製の札を見せてくれた。
「証明の札はいろんなところで発行している。街の役所だけじゃなくて職業組合が発行しているのもあるんだ。これは私が所属している商業組合の札だね」
「ふーん。……って、あれ? ってことは僕は街に入れないの?」
「入街税を払えば大丈夫だ。そして仕事を探すのならその仕事の組合で発行してもらえば次からは無料で出入りできるよ」
「そうなんですか。じゃあ、そうします」
仕事の組合か……。
なんか仕事を見つけないと駄目なんだろうな。
僕は思い直す。
僕の旅は師匠を見つける旅だ。
だけど路銀は乏しい。
だとしたら仕事をしてお金を貯めながら旅をする必要があるんだろうな。
馬車はのんびりと、それでも人が歩くよりは速く街を目指す。
草原の街道は人の往来がそれなりにあり、街へ目指す人、その逆で街から出てきたと思われるすれ違う人たちもいる。
やがてその数は多くなった。
「イチバーンメが近づいてきたね。ほら、もう壁が見える」
「うああ」
小高い丘の頂上に馬車が到着すると麓に広がるイチバーンメの街が見えた。
街は背の高い石壁でぐるりと覆われていた。城郭都市と言うやつだね。
街中には背の高い大きな建物の屋根が見える。
領主様のお屋敷とか教会とかかもしれないね。
門を見る。
門の両側には背の高い見張り用の石造りの櫓があって、巨大な両開きの扉があった。
その扉は開いていて、衛兵たちが入街のための列を誘導しているのがわかった。
「大きな街なんですね」
「ああ、この辺りじゃいちばん大きい街だからね。ちゃんと領主様がいて街を治めていらっしゃるんだ」
そう会話をしながらもおじさんの荷馬車は街に近づき、やがて入街の順番待ちの列の最後尾に並ぶ。
列は混んでいる。
馬車は一台一台荷物を検められているので時間がかかりそうだ。
「いつも一時間くらいは待つんだ」
「そんなに……。あれ、あっちは?」
列は数えると3つあった。
ひとつは僕たちが並ぶ馬車の列。そして歩きの人だけで構成されている列。3つめはガラガラで誰も並んでいない列だった。
「歩きの人は手荷物だけだからね。馬車とは列が違うんだ。そしてあっちのガラガラのところはお貴族様とかの偉い人たち専用なんだ」
なるほど。
どうやら偉い人たちを長い時間並ばせる訳にはいかないので専用の場所が用意されているようだ。
やがて一時間が経過して、検問は僕たちの順番となった。
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