第23話 どん底

 全体会議が行われた。今後の展望がさっぱり見えないことが改めて確認される。

 バブル崩壊以来、世の中の景気は冷え切っている。どこも開発業務からは手を引いているのだ。

 社長が技術雑誌に例のASICチップの紹介文などを書いて掲載するも反応は来ていない。


 会議では堪らず、言葉が出た。前から考えていたことだ。

「二人とも、私の仕事を少しでも手伝ってください。私に時間を作ってください。その時間を使って何か少しでも売れるものを私が作ります」

 とにかく何かで少しでも時間があくと、すぐに新しい仕事の断片が私にだけ流れ込むのだ。一瞬たりとも必要な時間が産まれない。この何も生み出さない二人がサボリ続け、何かを生み出そうと足掻く私には欠片の時間すら与えられない。

 このままではどうにならないのだ。

 私の言葉に応じてすかさずT氏が口を開いた。

「何を作ろうと言うんだ?」

「ゲームを考えています。あるいはそのパーツでも良いと思います」

「この人数でゲームを作るのは無理だよ」とT氏。

 まるで鬼の首を取ったようなドヤ顔が憎々しい。

「大型RPGなんてのはそりゃ無理ですよ。でもストラテジーの分野ならまだ参入は可能です。音楽や絵のデータ作りは大変ですが、元のアイデアが良ければ、そこの部分は専門のゲームメーカーと提携すると言う手もあります」

 これは事実だ。実際に小規模のインディーズゲームの分野には新作がいくつも出ている。

 T氏が黙った。納得して黙ったのでは無く、このまま無視していれば話が立ち消えになるだろうとの意図がありありとしている。


 何という恥ずかしい人だ。心の底からそう思った。

 仕事は無く、毎日ゲームをしていて遊んでいるだけなのに、この期に及んでまだ、自分がサボルことだけを考えている。

 そして賛成するでもなく反対するでもなく押し黙っているだけのTちゃん。こちらも押し黙っていれば責められることはないと考えている。

 彼をT君でもTさんでもなく、Tちゃんと皆が呼ぶのは愛称ではなく子供扱いの蔑称なのだと気付くのはいつなのだろうか?

 どちらも本当にまったく役に立たない人間だ。そして役に立たなくても給料だけは貰う。こういう人物たちを給料泥棒と呼ぶ。


 この人たちは、会社がどのような立場にあるか判っているのだろうか?

 設立資金が一千五百万円。ここから最初のチップの登録代に五百万円。四人分の給料に二部屋分の家賃と光熱費。ざっと概算しても、もう会社のお金は残り少ないはず。

 確かに今からゲームを作っても、それがお金になる可能性は低い。しかし営業と称して一日パソコンでゲームをして漫画を読んで過ごす。それがお金になる可能性は完全にゼロである。

 当たらないと判っていても確率がゼロで無ければ宝くじは売れる。ゼロと僅かでも可能性があることにはそれほどの差がある。


 もういい、と思った。こんな人間たちの助けなんか期待するだけ無駄だ。仕事を今までの倍の速度で片付けて、できた時間で独自にプロジェクトを進めよう。


 そう思った。こんなクズどものためにここで砕けて堪るものか。

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