第21話 下り坂
期待していたF社の仕事が外注禁止令のお陰で無くなったので、M社長は必死で他の仕事を探している。フリーランスであったころの伝手を頼り、工場用の計測機器の作成などを細々と手に入れてくる。社長一人で黙々と仕事をこなしているが、会社の経営には焼け石に水であることは判る。
総勢四人の会社。社長は黙々と作業をし、一人は金にならない設計を続け、一人は営業と称してゲームをやり、一人は無言でマウスをクリックし続ける。
社員の半数が遊び惚けているのだ。これで経営が成り立つわけが無い。
設計作業に時間を取られながらも、こちらも気が気でない。
この段階に至ってもなお、仕事をしようとしないT氏に呆れ果てる。俺は営業をやると宣言をしたのはいったい何だったのか。誠意ある仕事とはいったい何だったのか。
Tちゃんもそうだ。ウインドウズ画面を睨みながら、無意味にマウスをクリックする作業をもう半年続けている。とても普通の人間ができる行いではない。いや、自己中I氏はもっと凄かったな。ただひたすらに前を睨みながら一日を過ごして見せていたなあの人は。
どちらにしろ、この二人は狂っている。
死地に入っても足掻こうともしない人間を何と呼ぶべきか?
怠惰?
無能?
お花畑?
やがてボーナスの時期が来た。儲けなんかでていないのだから、寸志程度である。
それでも、このうち二人だけは文句を言える筋合いではあるまい。金が貰えるだけありがたいと言うもの。
そのうちに前の会社の古株の一人が顔を出した。彼の話によると、例のハイエナ会社に移籍した連中は全部辞めてしまったらしい。
「歓迎の宴会開いてくれたんだけどさ、その宴会で部下が笑うと、怒るんだよ、あそこの社長」
なぜか手にソロバンを持った小柄で細身の社長だったなと思い出す。会社の中でもソロバンは常に持ったままらしい。
うへえ。うまい話には裏があるとはよく言ったものだ。宴会で笑うと怒る社長って、一体どういう人よ。
しかし、とも思う。
移籍した連中、本来なら貰えるはずの無いボーナスまで貰っているのでしょ?
こっちは寸志ですよ。寸志。
言ってみればそのボーナスは移籍金代わりなのだ。
恩返しにもうちょい頑張るという考えは持たなかったのだろうか?
M社長が後で語ってくれたところによると、この古株連中、毎月残業40時間は最低やるから給料に固定で組み込んでくれと交渉して来たらしい。それが通ると今度は毎日定時で帰ってしまうなど、かなり質の悪い人たちであった。中には移籍金を相場の三倍つまり一千万円吹っかける者もいたらしい。
M社長は真面目で責任感のある人好きのする性格だが、そこに付け込む連中は数多いということである。
技術者という職業は理知的で頑張り屋のイメージがあるが、実際にはまったく何の役にも立たない連中が三割、扱い難いのが四割、何とか一緒に働けるのが残り三割というのが実感である。
どの世界でも善人というのは得難いものなのかな。そう思った。
人間とは自ら作り出した地獄に嬉々として棲む生き物なのである。
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