第18話 下働き
一週間に一度の掃除の時間がやって来る。
社長が号令を出すと、T氏がさっと立ちあがり掃除機を掴んだ。Tちゃんがさっと立ちあがり自分の机の周りを片づけ始めた。
二人は30秒ほど掃除をしていたがそれで終わりとばかりにまた椅子に座って時間を潰し始める。この二人に取っては掃除とはそれぐらいなのだ。
私は自分の机を拭き、トイレ掃除をやり、キッチンを片付け、玄関先を掃き清める。特に玄関先の廊下はお客さんの目が真っ先に触れるところだ。手は抜かない。三十分ほど経ってからまた仕事に戻る。
サボリーマン二人はいつも暇にしているのだからもっと手間暇掛ければいいのにと思うが、特に指摘はしない。言えばまるでお前が悪いとばかりに態度を悪化させるのが目に見えているからだ。無能なものほど奇妙な所でプライドが高い。
社長の奥さんが向こうの部屋の掃除を終え、こちらの部屋のトイレ掃除を始める。誰もやっていないだろうと予想してのことだ。あるいは社長の指示かも知れない。いつ来ても奇妙にトイレが綺麗なので奥さんは首をかしげている。
この掃除の話を聞いた母親が、うちの息子をトイレ掃除に使うなんてと泣いた。
別に気にはしない。トイレ掃除が好きなわけではないが。仕事というものはまず誰も片づけたがらないものを真っ先に片付けないといけない。掃除も仕事なら、誰もやりたがらないトイレ掃除こそ率先してやらなくてはならない。そう考えるからだ。
「お前はねIQ190の天才なんだよ」母が嘆く。
ああ、あれか。思い当たった。小学三年生のときのIQテストだ。
「それを先生から聞いたときに、この子は絶対に褒めたらいけないと決心したんだよ」
母の吐露は続く。
結局の所、母のこの決心は、兄を歪める結果になった。勉強に置いては決して自分が勝てない弟を常に目の前で見ている兄であった。
自分が小学二年になって掛算の九九に苦労する頃、幼稚園児の私は兄の教科書を見てそれらを全部覚えていた。
叔父さんが兄にと買ってくれた世界子供名作文学全集も幼稚園児の私がすべて読んでそれで漢字を覚えていた。
そんな弟がどんな成績を取っても褒められないのに、自分は何をしても褒められる。それはどうしてか?
そこで兄の弱い心は都合の良い結論へと飛びつく。
それは自分が長男だからだ。長男は何をしなくても何もできなくても偉いのだ。
長男だから偉いのならば、これまでも、これからも一切の努力なしで偉いままでいられる。なにせ長男は死ぬまで長男であることには変わりがないのだから。
この愚かな考えが、さらに心の歪んだ兄の弟虐めに輪をかける結果となる。
お前は駄目な奴だ。お前のような弟は恥ずかしい。お前はどこかから貰われてきた子供だ。
二十年間毎日毎日、呪いの言葉を吐かれた。
これが私が自分を過小評価する呪いの根っ子となってしまった。
成長するにつれて私のIQがどうなったのかは知らない。中学のときのIQテストも高校のときのものも、教師が目の色を変えて発狂するだけで結果は教えてくれなかった。
どうして皆、謎の忖度をしてくれるのだろう?
真実を告げれば私の人生が歪むとでも考えたのだろうか。そんなもの、当の昔に兄により歪められていたのに。
如何に高い知性を持とうが、それにお金を払ってくれる人がいなければ何の役にも立たないのだ。
そして如何に優れた仕事をしようが、それを自分の成果として奪っていくおぶさりてぇが居ては何の意味もないのだ。
どれだけの業績を残そうが、それを認めてくれる上司がいなければどうにもならないのだ。
私はいつも両手両足を縛られてボクシングをさせられている。
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