第17話 暗雲
暇だ。徹底的に暇だ。
いや、暇じゃない。どうしてこんなに忙しいのか。
正確に言うと会社は暇だが、自分だけ暇じゃ無いのだ。
M社長は採算無しにこの会社を立ち上げたわけではない。某F社の重役から、仕事なら幾らでも回すから独立しろと誘いを受けていたのである。
ところがいざ蓋を開けてみると話が違った。バブルが弾けたのにパニックになったF社の社長が社外への発注を全面禁止するという命令を出したのだ。
ぶら下がっているものは即時切り捨て。配下を大事にするという方針を持つ松下グループとは、全く正反対のやり方である。
この発注切りはF社の伝統とでも言うべきもので、その結果としてF社の下請けには碌なものがいなくなってしまっていた。頑張ってF社のために仕事をしても、景気が悪化した瞬間に発注を切られて倒産するのだ。生き残ってなおかつ取引を続けている会社は、自ずからF社には重点を置かず、仕事の手を抜くようになる。
当たり前である。これで元請けに忠誠を尽くしているとしたら、丸っきりの馬鹿である。
最初に会社が始まったとき、T氏は言った。
「俺は営業をやるから、君は技術をやれ」
その言葉を聞けば、きっとばりばりに飛び込み営業をやるだろうと、誰でも思う。
だが違った。
T氏は日がな一日外から見えないようにした自分の机の上でパソコンに向かって何かをしているか、漫画を読んでいる。M社長が部屋に入って来ると、さっとパソコンのディスプレイの電源を落とし、何か仕事をしていたフリをする。
聞こえてくる音から、T氏がステラテジーゲームであるマスターオブモンスターズを遊んでいるのは知っていた。
なるほどこれがこの人が言うところの誠意か。まったく見事なものだ。
Tちゃんは日がな一日パソコンをいじっている。ただし仕事は無いので、ひたすらにマウスをクリックしているだけだ。30秒に一回、マウスボタンを押すカチリという音がする。つまり動いてはいるが、仕事はしていないというタイプなのである。
技術者としては最低ランクというより最低ラインさえ割っている馬鹿なのに、空いた時間を使って技術書を読むという感覚は持っていないらしい。だから何時まで経ってもヘボ技術者のままとなる。
その中で、黙々と設計作業を続けている自分は何だろうか、疑問に思わないでもないが、給料を貰っている以上は仕事の手を抜く気はない。自分の中の技術者魂がそれを強いる。
前回作ったのはモーター動作のカウントを行うチップ。今回作っているのはモータ制御そのものを行うチップである。規模はそれほど異ならないが制御部の複雑さは遥かに上である。
今回は普通のパソコンを使用した安値のツールを使っていた。速度は遅いがこれなら数十万円の投資でインフラが揃う。
世の中、一番大事なものはお金であると思い知る。
しかし従業員わずか四人の会社でその内二人は仕事をする気配すらない。
もうこの会社の行着く先が見えてしまった。そしてこの状況でも仕事に前向きにならないこの二人にあきれ果てた。
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