第16話 新天地
新しい会社が出来た。
今や社長となったM元部長と、倒産した会社のオーナー、それにもう一人が出資して作った、資本金一千五百万円の会社である。そのうち五百万円はその場で例のASICチップの作成代金として振り込まれた。
メーカーの担当の方がこれで始末書を書かずに済むと恐縮した。お客さんが勝手に倒産したのも営業の不始末とされるのかと思った。
大人の世界には理不尽な慣習が色々とある。
「今度の会社は大丈夫ですかね?」T氏に感想を聞いてみた。
「一所懸命に誠意を尽くして仕事をすれば大丈夫じゃないか」T氏はそう答えた。
へ~、この人やる気になっているんだと感心した。
それが単なる無責任な言い訳に過ぎないとはすぐに判ることになる。
元の会社から二駅ほど離れた場所のマンションに二部屋ほど借りて、新しい会社が出来た。一部屋は社長室兼作業場。もう一部屋には平社員三人。
さて、こうなると問題は・・・通勤である。
私は乗り物酔いの王様である。あらゆる乗り物で酔う。電車でも酔う。バスなどは見ただけで酔うぐらいである。
文字は「酔う」でも、酒に酔うのと乗り物に酔うのでは天と地ほどの差がある。
頭はくらくらし、気分は最悪、冷たい脂汗がだらだらと吹き出て、胃はきりきりと痛む。吐いても吐いても楽にはならない。ひどくなると眼筋が痙攣して目が見えなくなる。
乗り物酔いはこれほど辛いのに、どうしてこの種族が未だに慣性制御装置を開発していないのか私には理解できない。
そんな理由から、たった一つ酔わない乗り物、つまり自転車の出番である。
途中に長い坂はあるが、たかが二駅である。地図を確かめて挑戦する。
三日間は何とかうまく行った。片道一時間ちょっと。ぎりぎり通勤圏である。
三日目が天下無敵の晴天であった。真夏の炎天下。自転車での挑戦。
死にかけた。
坂の途中で自転車を降り、飲み物の自動販売機にすがりつく。
煮える。体が煮える。水を買い、一気に飲み干す。全然足りない。体が焼ける。
何とか職場に辿りつき、一言断って、風呂場に飛び込む。ここは普通のマンションなので風呂場がある。
裸になり、シャワーを頭に浴びせる。
驚いた。水が体にかかると予想していたのに、頭を流れ落ちたのはお湯だったから。頭蓋骨がフライパンのようにカリカリに焼けていたので、そこを流れ落ちる前に水が沸いてお湯になった。
しばらく浴びていると、ようやく水に変わった。
熱中症の意味がようやく判った。脳が焼け落ちる寸前だったのだ。
結局自転車通勤は諦めた。わずかに二駅だ。我慢して通おう。
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