第15話 ハイエナ
「いや、経理の連中が引き抜きの話に承認のハンコ押さないから変だなとは思っていたんだよ」
M部長が資料を引き裂きながら言う。大きなゴミ袋に、古い設計資料を破って詰める。すべて今までM部長が手掛けた仕事だ。全部で百近くあるらしい。凄い数だ。
「とにかく一カ月分の給料相当が退職金として出ることになった」
ありがたい話だが、それでも猶予は一カ月と言うことだ。次の仕事見つけなきゃ。
しかし、バブルは弾けて周囲はパニック交じりの不況が吹き荒れている。半年前とは雇用条件は大きく変わっている。そう簡単に仕事の口が見つかるだろうか?
見つかった。
S社倒産の記事を読んだある会社が、人員のサルベージを目論んだのだ。いきなり倒産した会社はある意味、選び放題の人材の宝庫である。
これに一番喜んだのはM部長だ。
「うちの部門、丸ごと欲しいってね、言ってるんだ」
全員まとめて面接をすることになった。
そこでは驚くほどの好条件が提示された。給料だけを計算しても年棒800万円、ボーナスを加えると年棒一千万円を突破しかねない。しかも今入社すれば今回のボーナスも支給するとの話である。
我が社に入って何をやりたいと聞かれて、社会の役に立つ素材となるものを作りたい、と答える。
本心である。
今までの技術者人生、どこぞのアホなお偉方のいい加減な方針で山ほどのボツ設計をさせられたり、どこぞのお偉い学者様のいい加減な思いつきで売れもしないCPUを作らされたり、ただひたすらに人生の無駄としか言いようの無いことをさせられてきた。
人はパンのみに生きるに非ずである。次は無駄ではなく、人の役に立つものを作りたい。
それこそが技術者魂。
そのまま一週間が経過した。
話がおかしくなった。
「面接をしてみると誰も今作っているモータ制御システムについて話さなかったらしいんだよね。だから、どうもおかしい、ってことで、全員移籍じゃなくて、希望者のみ再面接ということになった」
おやおや。相手の会社はいったい何を期待していたのだろう。目をキラキラと輝かせた仕事の情熱に燃える若者たち?
「向こうの評価を聞いたら、だいたい俺の評価と一致してね」
自分の評価はどんなものなんだろうと、思った。でも聞けない。私はひどくシャイである。
再面接には行かなかった。状況に応じて言を左右にする人間は信用できないからだ。
そこでM部長は新たに会社を興すことにした。
この人について行こうと思った。支度金を払ってまでこの会社に呼んでくれた人だ。武士は己を知る者のために死す、である。金の問題じゃない。
他のメンバーは、T氏にTちゃんだ。Tちゃんはどういう人か知らないが、T氏と一緒の会社には一抹の不安がある。だがさしものこの人でも、従業員が全部で四人の会社で怠けたりはしないだろうと楽観視した。
それが大きな間違いであったことはすぐに明らかになる。
妖怪おぶさりてぇはどこまで行っても妖怪なのである。
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