第13話 逆切れ

 次の日、フレックスタイムで午前10時に出社してみるとT氏が大騒ぎしていた。


「紙の裏に答えが書いてあるのに気付くまで二時間かかったぞ」

 文句を言われた。

 ええ? 何怒ってんだよこの人。ここは自分のミスを見つけてくれたと感謝するべき場面でしょ。

 いや、ここで大騒ぎするくらいなら、ご自分のところぐらい最初からきっちりとチェックしてくださいよ。単純と言っても良いほどのミスなんだから。心の中でそう抗議する。本当なら礼を言われてもいいところである。そこのところが全然判っていない人であった。

 実に都合の良い脳みそ。本当に肝の小さい人だ。筋違いで逆切れするところはまるでウチのクソ兄のようだ。


 ミスが確認されたので、メーカーに電話し、マスクの作成を止めて貰う。

 まだそれほど進行していなかったので、修正費用は必要ないことになった。自分のミスではないが、ありがたや。


 修正した回路のシミュレーションを行い動作を確かめる。その結果を持って、自転車でASICメーカーにデータを届けに行く。これが一番早い。

 ロングヘアの男が背広を着て、自転車で走る。なるほどこれではカラスも襲いたくなるわな。そんな呑気なことを考えながら、値五百万円のデータを持って走る。


 これにてミッション完了。



 後に部長に『途中いろいろあったが頑張って修正したようだから評価は下げない』と言われた。

 それから推測するに、やはりT氏はこの騒ぎを私のミスによるものと報告していたのではないかと思う。

 別に珍しいことではないが。私に関わる人間は仕事上のトラブルをすべて私のせいだと報告する。なぜならそれがバレても私が怒らないから。


 腕力がありすぐに人を殴りそうに見える人物は、周囲の誰にも礼儀正しく扱われる。殴られる恐れがあるためだ。

 一方で私のように暴力性を見せない人間に対して普通の人は、ありとあらゆる非礼を行う。何かしても謝罪はしないし、助けて貰っても礼の一つも言わない。良いものはすべて奪い取り、悪いことはすべて私のせいにして事を納めようとする。

 まことにこの暗く深い水の底から眺めると、たいがいの人間の本質はドブ泥そのものである。

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