第12話 地雷
ついに長い作業は終わり、メーカーに回路情報を出した。
その後は退屈なものだ。ASICのマスクが出来上がるまで一週間。そこから最初の製品が出来上がるまでさらに一週間。製品であるチップが出来上がったら、古株連中が作っているモーショントレースシステムに埋め込んで実地検証に入る予定である。
暇だ。元から暇なT氏は定時退社した。自分ももう帰ろうか。
そこではっと気づいた。何か大事なことを忘れている。
T氏は私の回路をクロスチェックしなかった。私もT氏の作った部分をクロスチェックしなかった。
私は自分の回路を分離人格を使って再チェックした。だが、この人は自分の回路を再チェックするような面倒なことはしない。
問題が潜むなら、この人が触れた部分だ。
T氏は私を信用しているそうだが、私はT氏を信用していない。
T氏がいないことをこれ幸いにして、彼の回路のチェックを開始した。
T氏がやったのは外部のCPUとのインタフェース部分の回路である。当時、CPUとの接続にはモトローラ方式とインテル方式の二種類があった。この二種は、それぞれ信号線の接続方式とタイミングが異なる。どちらが優れているというわけではなくて、ただ単にどちらのメーカーも相手に合わせる気が無いだけである。
そこらに転がっている技術雑誌を引っ張って来て、接続図を探す。
ええと、インテル方式、あった、あった。それからモトローラ方式っと。
どれどれ。あれ? これ間違っていないか?
もう一度っと。これとこれの配線が逆。
うん、確かに間違っている。
まさかね。こんなどこにでもある簡単な回路間違える人なんかいないって。
・・・うん、やっぱり間違っている。あの馬鹿野郎。
これでは信号構成が逆だ。しばらく考えて見たが、信号名の入れ替えぐらいではどうにもならない。回路自体を修正しなくては。
時刻を確かめる。夜中の十時。今からASICメーカーに作成中止の電話を入れても、誰も出ないだろう。それに私の一存で対応はできない。
これは下手したら500万円吹き飛んだかもしれない。そっと地雷を仕込むなんてなんてえ人だ。T氏は。
今日はもう帰ろう。しかし、自分は何と勘が良いのだろう。人間関係でもこの勘が生きれば良いのだが、あいにくとこれが働くのは自分の儲けにならないときだけだ。
私の運命の書には『汝、不幸たれ』と書かれている。
問題点と解決法を紙に書き出し、それからそれを裏返してマジックで大きく書いておく。
「回路に大きな間違いがあります。さてどこでしょう?」
明日が楽しみだ。自転車に跨っておうちに帰る。
どうしてここの農家の人たちは、深夜に背広を着て家に帰る私を見ないのだろうねえ。
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