第11話 霹靂

 家に帰ると、母親が重傷を食らっていた。右手が傷だらけでグローブのように腫れている。まるで強盗にナイフで切り付けられ、その上でダンプカーに引かれたかのようだ。

 原因は我が家の猫である。


 元々は戸外で自由に放し飼いしていた血統書付きの猫である。こちらに移ってから外に出られないことにストレスが溜まっていたので、ちょっとした隙を衝いて外に逃げ出した。飛び込んだ先は大家さんの職業の盆栽棚。

 これには母親がパニックになった。何か大事なものを壊す前にと、手近にあった箒の柄で猫をつついてしまったのだ。

 去勢してあるとは言え、ホワイトペルシャの雄猫は大変に気が荒い。

 箒を持っていた母親の手を攻撃した。

 間違いに気づいてももう遅い。母親の手はズタボロにされた。

 結局マタタビに籠絡されて猫は家に戻ったが、どうにもならないのは母親の手である。

 それが今、目の前にある。

 大急ぎで趣味のアロマテラピーセットの中から、ラベンダーを取り出してホホバオイルで希釈する。そうしてできた油をグローブと化した手に塗り込む。ラベンダーは消毒の働きもあるが、皮膚組織の浸透圧調整も行う。一分もたたずに手の腫れが消え、後は猫の掻き傷だらけのお婆さんの手が残った。

 それでも酷い。

 一瞬、この報復に猫を殺そうかと考えた自分が怖い。

 私は猫が大好きだが、それでも猫よりも母の方が優先順位が高い。


 長い間共に生きて来た相手を襲う。これが畜生の悲しさか。

 いや、人間でも程度の差こそあれ同じことをしているのだから、猫を笑えない。兄は大学を出てからも二年間この母に寄生した。お前のせいだと叫びながら。


 母親の手に包帯を巻きながら、そんなことを考えていた。

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